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「家の作りやうは、夏をむねとすべし」は今も正しいか|『徒然草』第55段から考える、夏の家と冬の家

建築
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連載|住まいから読む日本文化 第2話

玄関、障子、床の間、年中行事。見慣れた住まいの中にある日本文化を、古典と研究を手がかりに読み直す連載です。伝統をただ礼賛するのではなく、「なぜそうなっているのか」と「それは今も正しいのか」を、一級建築士の目で考えます。

SHEET — 『徒然草』第55段と夏の家・冬の家S = 1:第2話 光と陰 / kobayan

結論:「夏をむねとすべし」は半分正しく、半分はもう通用しません。今の答えは夏も冬も、むねとする家です。

  • 第55段は、夏を基準に家を造れと説き、冬はどこでも住めると言い切る短い段
  • 後半には、採光・天井の高さ・使い道のない空間と、今の設計に通じる観察が並ぶ
  • ただし冬の寒さは、今では健康のリスクとして扱われている。「冬はどこでも住める」は成り立たない
  • 夏の暑さも依然として危険。違うのは、答えが「開け放つ」から「遮って、断熱して、冷やす」に変わったこと

家づくりの打ち合わせで、この一節を聞いたことがある方もいるかもしれません。

家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。

兼好法師『徒然草』第五十五段

家は夏を基準に造るのがよい。冬はどんなところにでも住めるものだ。

建築の世界では、昔から何度も引用されてきた言葉です。日本の家は風通しのよい開放的なつくりが伝統だ、という話の前置きに使われることもあれば、逆に「だから日本の家は寒いのだ」と批判の材料にされることもあります。

同じ一文が、正反対の主張の両方に使われている。それなら一度、原文を最後まで読んでみる価値がありそうです。この記事では第55段を一文ずつ読み、約700年前のこの助言が、今の家づくりでどこまで通用するのかを考えます。

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第55段は、何を言っているのか

『徒然草』は、鎌倉時代の終わりごろにまとめられたとされる随筆です。第55段は、そのなかでも特に短い段のひとつで、原文は全部で八つの文しかありません。

最初の三文は、よく知られた冒頭部分です。家は夏を基準にする。冬はどこでも住める。暑い時期に住みにくい家は耐えがたい。ここまでは、夏の暑さについての主張です。

ところが、残りの五文は話題が少しずつ移っていきます。

深い水より、浅く流れる水

深い水は涼しげに見えない。浅くて流れている水の方が、ずっと涼しい。庭の池や遣水(やりみず)についての観察です。

建築士として面白いのは、ここで語られているのが温度ではなく「涼しげ」、つまり見た目や感じ方だということです。水の量より、流れや動き、音が涼しさをつくる。今でいえば、風が通る、カーテンが揺れる、といった体感の話に近いと思います。

引き戸は、蔀より明るい

細かなものを見るには、遣戸(引き戸)の方が蔀(しとみ)の間より明るい、と兼好は書きます。蔀は、格子を付けた板戸を上に釣り上げて開ける建具で、平安時代の住宅や社寺に使われました。

開口部の形式によって、部屋の明るさが変わる。今の設計でも、窓を引き違いにするか、縦すべり出しにするか、高窓にするかで、光の入り方はまったく違います。開口部の選び方で室内の光を考える視点が、ここにはもう書かれています。

天井が高いと、冬は寒く、灯りは暗い

天井の高い部屋は、冬は寒く、灯りも暗い。これは、吹き抜けのある家を設計するときに、今でも必ず話題になる二つの問題そのものです。暖かい空気は上にたまり、照明は床から遠くなる。700年前の観察が、そのまま現代の打ち合わせの論点になっています。

使い道のない場所が、役に立つ

最後の一文は、家の造りは、使い道のない所を作っておくのが、見ても面白く、いろいろな用にも立ってよい、という内容です。そして兼好は、この一文を「人の定め合ひ侍りし」、つまり「人々がそう話し合っていました」と結んでいます。

ここは見落とされがちですが、大事なところです。この段の少なくとも最後の部分は、兼好自身の主張というより、周りの人々の議論を書き留めたものとして書かれているのです。

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冒頭の一文だけが、ひとり歩きしてきた

こうして全体を読むと、第55段は「日本の家は夏向きにつくるべきだ」という一つの主張でできているわけではないことがわかります。暑さ、涼しさの感じ方、採光、天井の高さ、使い道のない空間。家についての短い観察が、並べて書かれています。

住宅の文化史を調べている竹内孝治は、建築業界ではこの段の冒頭だけが、開放的な住まいを擁護する立場からも、高断熱の家を求める立場からも、前置きとして繰り返し引用されてきたと指摘しています。そのうえで、断章を重ねていく『徒然草』の書き方を踏まえ、住宅論ではなく人間についての観察として読むべきではないか、と問いかけています。

もう一つ注意したいのは、兼好が見ていた家が、どんな家だったかです。蔀や遣水が出てくることからわかるように、ここで話題になっているのは、当時の都の上流の住まいです。この段から「昔の日本人は、みな風通しのよい夏向きの家に住んでいた」と言うことはできません。竹内は、日本の家は昔から開放的だったという前提そのものを「開放性の神話」と呼び、問い直しています。

ちなみに、作者は「吉田兼好」の名で広く知られていますが、国文学者の小川剛生は、この呼び名が後の時代に作られた系図に由来すると論じています。この連載では、同時代の史料にもとづく「兼好法師」の呼び方を使います。

今の家で、第55段を確かめ直す

では、冒頭の主張そのものは、今の家にも当てはまるのでしょうか。二つの文に分けて考えてみます。

「冬は、いかなる所にも住まる」は、もう成り立たない

兼好の時代の冬は、重ね着をし、火桶や炭櫃のそばに寄って、寒さをやり過ごすものでした。家そのものを暖める技術がなかったからこそ、「冬はどこでも住める」と言えたのだと思います。

ところが今、冬の寒さは健康の問題として扱われています。世界保健機関(WHO)は2018年の「住宅と健康に関するガイドライン」で、寒い季節の室温を18℃以上に保つよう強く勧告しました。高齢者や持病のある人には、さらに高い温度が必要な場合があるとしています。

日本でも、冬の住まいの寒さに関係する事故は少なくありません。厚生労働省の人口動態統計では、2016年に家庭の浴槽で溺れて亡くなった人は5,138人で、そのうち約9割の4,756人が65歳以上でした。入浴中の事故死は冬に集中しており、東京23区では年間の約半数が12月から2月に起きています(いずれも長寿科学振興財団「健康長寿ネット」による)。暖かい居間と寒い脱衣室の温度差が、体に大きな負担をかけるためです。

冬はどこでも住める。今の知識から見ると、この一文はもう成り立ちません。

「暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり」は、今も正しい

一方で、夏の暑さが危険だという点は、今も変わりません。東京都監察医務院の集計では、2024年の夏に東京23区で熱中症で亡くなった306人のうち、291人(95.1%)が屋内で亡くなっています。屋内で亡くなった人のうち、エアコンを使っていなかった、または設置されていなかった人は95人(32.6%)でした。

暑い時期に住みにくい家は、耐えがたい。兼好のこの言葉は、今では文字どおり命に関わる意味を持っています。

違うのは、その解決策です。兼好の時代には、建具を開け放ち、風を通すことが暑さへの数少ない対策でした。今は、日射を遮り、壁や窓を断熱し、必要なときは冷房を使う。開け放つだけでは、真夏の室温は下がりきりません。

建築士として読む|今の答えは「夏も冬も、むねとすべし」

第55段を今の家に置き換えるなら、私は「家の作りやうは、夏も冬もむねとすべし」だと考えています。ただし、夏と冬で、やることは違います。

夏は、日射を家の外で止める

夏の暑さの多くは、窓から入る日射です。一度室内に入った熱を冷房で取り除くより、窓の外で止めた方がはるかに効率的です。軒や庇、外付けのすだれやシェードは、そのための装置です。

面白いのは、南向きの窓の上に出した軒が、季節で役割を変えることです。太陽の高い夏は日射を遮り、太陽の低い冬は日射を室内まで届けます。軒は、夏と冬のどちらか一方ではなく、両方をむねとする仕組みだと言えます。軒の働きについてはこちらの記事でも詳しく書いています。

冬は、熱を逃がさず、温度差をつくらない

冬に大切なのは、暖めた熱を逃がさないことと、部屋ごとの温度差を小さくすることです。壁や屋根、そして熱がもっとも逃げやすい窓の断熱を高めれば、家全体の温度が揃いやすくなり、脱衣室や廊下だけが寒い、という状態を減らせます。

国の制度もこの方向に動いています。2025年4月からは、すべての新築住宅に省エネ基準への適合が義務づけられました。冬はどこでも住める、という前提は、制度の上でも過去のものになりつつあります。

天井の高さと、兼好の観察

天井が高いと冬は寒く、灯りは暗い。この観察は、今の吹き抜けにもそのまま当てはまります。ただ、断熱と気密が十分な家なら、吹き抜けの上下の温度差は小さくなり、寒さはかなり抑えられます。灯りの問題は、天井から照らすのではなく、壁を照らしたり、手元にスタンドを置いたりすることで解決できます。

兼好が見た問題は、今も消えてはいません。けれど、700年のあいだに、それを解く手段が増えた。そう考えると、この段は古い教えというより、今も使える「設計の問い」のリストに見えてきます。

👓 建築士のメモ

打ち合わせで「夏と冬、どちらがつらいですか」と聞くと、答えは家族によってはっきり分かれます。今の家の不満を季節ごとに書き出してみると、窓・軒・断熱・空調のどこにお金をかけるべきかが見えてきます。吹き抜けで後悔しやすい点は吹き抜けリビングで後悔する人の共通点に、脱衣室の寒さ対策はヒートショックを防ぐ間取りにまとめています。

原典と資料で確かめられること・言い切れないこと

◎ 確かめられること
  • 第55段は、夏を基準に家を造れと説き、冬はどこでも住めると述べている
  • 後半には、水の涼しさ、引き戸と蔀の明るさ、天井の高さ、使い道のない空間についての観察が並ぶ
  • 最後の一文は「人々がそう話し合っていた」という形で結ばれている
  • WHOは寒い季節の室温を18℃以上に保つよう勧告しており、入浴中の事故死は冬に集中している
  • 2024年夏、東京23区の熱中症死亡の95.1%は屋内で起きている
○ 言い切れないこと
  • 昔の日本の家が、一般に開放的で夏向きだったということ(第55段が語るのは都の上流の住まい)
  • 兼好が、この段を住宅論として書いたということ
  • 日本中どこでも夏を優先すべきだということ(寒冷地では事情が大きく違う)

暮らしの中で試してみたい3つのこと

  • □ 今の家の「夏の不満」と「冬の不満」を、それぞれ3つずつ書き出してみる
  • □ 冬の夜、居間と脱衣室とトイレの温度を測り比べてみる
  • □ 夏の日中、どの窓から日射が入っているかを確かめ、外で止められないか考えてみる

『徒然草』第55段と住まいのよくある質問(FAQ)

Q. 「家の作りやうは、夏をむねとすべし」はどういう意味ですか?

「家は夏を基準に造るのがよい」という意味です。続けて兼好は、冬はどんなところにでも住めるが、暑い時期に住みにくい家は耐えがたい、と書いています。

Q. 作者は吉田兼好ですか、兼好法師ですか?

「吉田兼好」の名で広く知られていますが、国文学者の小川剛生は、この呼び名は後の時代に作られた系図に由来すると論じています。近年は、同時代の史料にもとづく「兼好法師」「卜部兼好」の呼び方も使われています。

Q. 今の家は、夏と冬のどちらを優先すべきですか?

どちらか一方ではなく、両方を考えるのが今の答えです。夏は日射を窓の外で遮り、冬は断熱で熱を逃がさない。軒や庇のように、夏と冬の両方に効く工夫から考えるのがおすすめです。

Q. 吹き抜けは、やはり寒いのですか?

断熱と気密が十分でない家では、暖かい空気が上にたまり、足元が寒くなりがちです。断熱性能を高め、空調の計画とセットで考えれば、寒さはかなり抑えられます。

Q. 寒冷地でも「夏をむねとすべし」は当てはまりますか?

当てはまりにくいと考えた方がよいでしょう。兼好が見ていたのは都の住まいです。冬の厳しい地域では、断熱と暖房の計画がより重要になります。

まとめ|700年前の助言を、問いとして読み直す

  • 第55段は、夏を基準に家を造れと説く短い段。後半には採光や天井の高さなど、今の設計に通じる観察が並ぶ
  • 冒頭だけが切り取られ、正反対の主張の両方に引用されてきた
  • 「冬はどこでも住める」は、健康の面から今は成り立たない
  • 「暑い家は耐えがたい」は今も正しい。ただし答えは「開け放つ」から「遮る・断熱する・冷やす」に変わった
  • 今の家の答えは、夏も冬もむねとすること

古典の一文は、正解として覚えるより、問いとして読み直す方が役に立つのかもしれません。あなたの家がいちばんつらいのは、夏でしょうか、それとも冬でしょうか。

参考文献

  • 兼好法師『徒然草』第五十五段。原文は「徒然草」(吾妻利秋訳)掲載の本文によりました。語句(遣戸・蔀・造作)の意味は、山梨県立大学のドメインで公開されている注釈ページを参照しました。
  • 竹内孝治「『徒然草』の読まれ方|家の作り様は夏を旨とすべし?」(note連載「マイホームの文化史」、2018年)。冒頭の一文が住宅論で繰り返し引用されてきたこと、「開放性の神話」という指摘に用いました。記事を読む
  • 小川剛生『兼好法師 徒然草に記されなかった真実』(中公新書、中央公論新社、2017年)。「吉田兼好」という呼び名についての記述は、文春オンラインの書評によりました。
  • 東賢一(研究分担者)「健康増進に関わる住宅環境に関する国際機関の動向と関連文献等の調査」(厚生労働科学研究費補助金 分担研究報告書)。WHO「住宅と健康に関するガイドライン」(2018年)の室温18℃の勧告の内容に用いました。報告書(PDF)
  • 長寿科学振興財団「健康長寿ネット」高齢者のヒートショック対策と予防(2023年更新)。浴槽での溺死者数(厚生労働省 人口動態統計)と、冬季の集中に用いました。ページを見る
  • 東京都監察医務院「令和6年夏の熱中症死亡者の状況(東京都23区・確定値)」。資料(PDF)
  • 国土交通省「省エネ基準の適合義務化に向けて広報漫画などを公開しました」(2023年1月23日)。2025年4月からの全新築住宅への省エネ基準適合義務化に用いました。発表資料

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この記事を書いた人|メガネ建築士(一級建築士・ハウスメーカー設計士/150棟以上の住宅設計)
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