PR

なぜ谷崎潤一郎は、暗がりを美しいと書いたのか|『陰翳礼讃』から考える、明るすぎる家

建築
本記事にはアフィリエイト広告(PR)が含まれます。
スポンサーリンク
連載|住まいから読む日本文化 第1話

玄関、障子、床の間、年中行事。見慣れた住まいの中にある日本文化を、古典と研究を手がかりに読み直す連載です。伝統をただ礼賛するのではなく、「なぜそうなっているのか」と「それは今も正しいのか」を、一級建築士の目で考えます。

SHEET — 『陰翳礼讃』と明るすぎる家S = 1:第1話 光と陰 / kobayan

結論:谷崎が書いたのは「暗い家のすすめ」ではなく、明るさが均一になると見えなくなる美しさの記録です。

  • 『陰翳礼讃』は1933〜34年の随筆。電灯や水洗便所が家に入ってきた時代に、失われていくものを書き留めた
  • 漆器、障子、床の間。谷崎が挙げた美しさは、どれも暗がりとの組み合わせで成り立っている
  • ただし歴史の記録ではなく文学。東洋と西洋の決めつけや、今では受け入れがたい記述も含む
  • 建築士として読むと、要点は光の量より、明暗の差の設計にある

夜、リビングのダウンライトを全部つける。部屋の隅々まで明るく、影はほとんどない。便利で、安全で、何の不満もないはずなのに、どこか落ち着かない。

旅館の和室で、障子越しの薄明かりの中に座ったとき、同じ「暗さ」がむしろ心地よく感じられたことはないでしょうか。

約90年前、この感覚を一冊の随筆に書いた作家がいます。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』です。

「日本人は暗がりを愛する」と要約されることの多い本ですが、読み返すと、話はもっと具体的で、もっと「家」の話です。そして、そのまま信じてはいけない部分も含んでいます。

この記事では原文を読みながら、谷崎が何を美しいと感じ、何が失われると感じたのかをたどります。最後に一級建築士として、今の家の照明に何が言えるかを考えます。

スポンサーリンク

谷崎潤一郎は、家を建てようとして困っていた

『陰翳礼讃』は、雑誌「経済往来」の1933年12月号と1934年1月号に分けて発表された随筆です。今は中公文庫などで読めるほか、青空文庫でも全文が公開されています。

意外なことに、この随筆は美学の話からではなく、家を建てる苦労の話から始まります。純日本風の家を建てて住もうとすると、電気やガス、水道の設備をどう納めるかで頭を悩ませることになる、と谷崎は書きます。電灯、扇風機、暖房器具、そして便所。どれも暮らしに欠かせないのに、和室に置くとどうしても浮いてしまう。

建築士として、ここは読んでいて思わず笑ってしまうところです。今の打ち合わせでも、エアコンの室内機をどこに付けるか、和室にスイッチプレートをどう納めるかで、同じように悩むからです。約90年前の作家が、施主としてまったく同じ場所でつまずいていたわけです。

つまり『陰翳礼讃』は、近代の設備が家に入ってきたまさにその時期に、家の中から何が消えていくのかを書いた記録として読むことができます。

スポンサーリンク

暗がりの中で美しくなるもの

谷崎が挙げる美しさは、どれも「暗さ」とセットになっています。代表的なものを三つ見てみます。

漆器と、蝋燭のあかり

明るい電灯の下で見る漆の椀は、どこか野暮ったく見える。ところが蝋燭の揺らぐ薄明かりの中に置くと、深いつやが生きてくる。谷崎は、闇を条件に入れなければ漆器の美しさは考えられない、とまで書いています。

ここで語られているのは、漆器そのものの美しさではありません。漆器と、それを照らす弱い光との組み合わせの美しさです。

障子と、紙が受け止める光

谷崎は、障子の紙が受け止める柔らかな光を好み、障子をガラスに替えてしまう風潮に不満をもらしています。西洋の紙と和紙の肌理の違いにも触れ、西洋の紙が光を撥ね返すのに対して、和紙は光をふっくらと吸い込むようだと書いています。

光を通すけれど、外を透かして見せはしない。障子は、外の光をそのまま室内に入れるのではなく、一度やわらげてから入れる装置です。

床の間の、いちばん暗いところ

この随筆でもっとも有名なのは、日本座敷の陰翳を論じた部分でしょう。床の間の奥に溜まる暗がりや、深い庇に遮られて部屋の奥まで届かない光について書いたうえで、谷崎はこう言い切ります。

日本座敷の美は全く陰翳の濃淡に依って生れている

谷崎潤一郎『陰翳礼讃』

大事なのは「濃淡」という言葉だと思います。暗いこと自体が美しいのではありません。明るいところと暗いところの差、その移り変わりの中に美しさがある、という主張です。

美しさは「物」ではなく、物と光のあいだにある

三つの例に共通しているのは、美しさが物の側だけにはないということです。漆器も、紙も、床の間も、それ単体では谷崎の言う美しさを持ちません。弱い光、拡散した光、届ききらない光と組み合わさって、はじめて立ち上がります。

谷崎は随筆の後半で、美は物体そのものにあるのではなく、物と物とがつくり出す陰翳の綾、明暗にあると考える、という趣旨のことを書いています。

建築の言葉に置き換えると、これは「照らされる物」と「照らす光」と「それを受け止める空間」を、ひとまとまりで考えるということです。どの照明器具を選ぶかより、どこを明るくして、どこを暗いまま残すか。谷崎の関心は、そちらにありました。

そのまま信じなくていい|『陰翳礼讃』の読み方

ここまで読むと、「やはり日本の家は暗い方がいいのだ」と結論したくなります。ただ、この随筆を読むときには、いくつか注意が必要です。

歴史の記録ではなく、随筆である

『陰翳礼讃』は、谷崎が自分の好みと記憶をもとに書いた文学作品です。昔の日本の家が実際にどれだけ暗かったか、そこに暮らした人々がその暗さをどう感じていたかを調べた記録ではありません。暗い家に暮らした人がみな、その暗さを美しいと感じていたとは限らないはずです。

東洋と西洋の対比は、大づかみすぎる

谷崎は随所で「東洋」と「西洋」を対比し、日本人の美意識を西洋と正反対のものとして描きます。肌の色をめぐって、今では受け入れがたい記述もあります。こうした大づかみな比較は、随筆の語り口としては鮮やかでも、そのまま日本文化の説明として使うことはできません。

研究者は、どう読んできたか

国文学研究者の中根隆行は、この随筆の中心は陰翳の美そのものの礼賛より、電灯や衛生設備によって陰翳が失われていく過程の方にある、と読んでいます。そのうえで、谷崎の描く陰翳の世界には、広がっていく大衆文化への皮肉が込められており、回顧的で貴族趣味的な面もあると指摘しています。

実際、谷崎自身も随筆の終わりで、失われつつある陰翳の世界を、せめて文学の領域に呼び戻してみたいという趣旨のことを書いています。家を昔に戻せと主張しているのではなく、消えていくものを言葉の中に残そうとした。そう読むのが自然だと思います。

建築士として読む|今の家の「陰翳」を考える

それでも、この随筆が今の家づくりに教えてくれることはあると考えています。ポイントは、明るさの量ではなく、明暗の差を設計するという視点です。

部屋全体を、同じ明るさにしなくていい

照明の推奨照度を定めたJISの照明基準総則(JIS Z 9125)では、住宅の居間について、全般照明は50ルクス、団らんや娯楽は200ルクス、読書は500ルクスが推奨されています。

場所・行為推奨照度読み取れること
居間|全般50 lx部屋全体は控えめでよい
居間|団らん・娯楽200 lx人が集まる場所を明るく
居間|読書500 lx手元だけをしっかり照らす
寝室|深夜2 lx足元が見える程度の明かり
JIS Z 9125:2023 照明基準総則の住宅の推奨照度(パナソニック「住宅の照明」掲載値による)

つまり基準の上でも、居間全体を読書ができる明るさにする必要はありません。手元や、目を向けたい壁だけを明るくし、それ以外はほの暗いままでかまわない。ダウンライトを均等に並べて部屋じゅうを同じ明るさにする計画とは、考え方が逆になります。

光は、低いところに置く

谷崎が愛した蝋燭や行灯は、どれも目の高さより低い位置にありました。天井から照らす光は部屋を均一にしますが、低い位置の光は、床や壁に明暗のグラデーションをつくります。フロアスタンドや、床の間・飾り棚を照らす小さな灯りは、今の家でもすぐに取り入れられる方法です。

拡散させるものを、一枚はさむ

障子や和紙の照明が光を柔らかくするのは、光源を直接見せず、一度拡散させてから届けるからです。窓に障子やレースを合わせる、照明にシェードを付ける。光源と目のあいだに一枚はさむだけで、同じ明るさでも部屋の印象はずいぶん変わります。

暗さには、安全の線を引く

一方で、暗さをどこまでも良しとすることはできません。階段や廊下、夜中にトイレへ向かう動線には、足元を照らす明かりが必要です。陰翳を楽しむのはくつろぐ場所に限り、移動する場所は安全を優先する。この線引きは、谷崎の時代の議論にはなかった、今の家ならではの考え方です。

👓 建築士のメモ

照明計画の打ち合わせでは、「どれくらい明るくしたいですか」と聞くより、「夜、どこに座って、何を眺めていたいですか」と聞く方が、良い計画になることが多いです。どこを明るくするかは、そこから逆算できます。照明を増やすほど落ち着かなくなる理由は、ダウンライトだらけの家が、疲れる理由でも書いています。

原典と研究で確かめられること・言い切れないこと

◎ 確かめられること
  • 『陰翳礼讃』は、1933年12月号と1934年1月号の「経済往来」に発表された随筆である
  • 冒頭は、和風の家に電気・ガス・水道などの設備を納める苦労の話である
  • 谷崎は、漆器・障子・床の間などの美しさを、暗がりとの組み合わせで描いている
  • 研究では、陰翳が失われていく過程への関心が、この随筆の中心にあると読まれている
○ 言い切れないこと
  • 昔の日本人が、一般に暗がりを好んでいたということ(随筆は谷崎個人の美意識の記録)
  • 日本の美意識が、西洋と正反対だということ
  • 暗めの照明が、誰にとっても心地よいということ(年齢や目の状態、使い方で必要な明るさは変わる)

暮らしの中で試してみたい3つのこと

  • □ 夜、天井の照明を消して、スタンドや間接照明だけで30分過ごしてみる
  • □ 家の中で、いちばん暗い場所を探してみる。そこは居心地の悪い場所か、それとも落ち着く場所か
  • □ 漆器や木の器、和紙など、手元にある素材を、弱い光の下で眺め直してみる

『陰翳礼讃』と住まいのよくある質問(FAQ)

Q. 『陰翳礼讃』は、いつ書かれたどんな本ですか?

谷崎潤一郎が、雑誌「経済往来」の1933年12月号と1934年1月号に発表した随筆です。漆器、障子、床の間などを題材に、暗がりの中で生まれる美しさと、それが近代の照明や設備によって失われていくことを書いています。

Q. どこで読めますか?

中公文庫などの文庫で読めるほか、青空文庫で全文が無料で公開されています。短い随筆なので、最初の一冊として手に取りやすい作品です。

Q. 日本の家は暗い方がいい、という意味ですか?

そう読む必要はありません。谷崎が問題にしたのは、明るさの量より、明暗の差が失われることでした。今の家なら、くつろぐ場所に陰影を残し、移動する場所は安全のために明るくする、という使い分けが現実的です。

Q. 暗めの照明は、目に悪くありませんか?

読書や細かい作業をするときは、手元に十分な明るさが必要です。JISの照明基準総則でも、居間での読書には500ルクスが推奨されています。部屋全体を暗くするのではなく、手元は明るく、周りは控えめに、と分けて考えてください。

Q. 今の家に取り入れるなら、何から始めればいいですか?

新しく器具を買う前に、まず天井の照明を消し、手持ちのスタンドで過ごしてみることをおすすめします。どこに明かりが欲しいかがわかれば、家づくりの照明計画にもそのまま生かせます。

まとめ|暗がりは、明るさが足りない場所ではない

  • 『陰翳礼讃』は、近代の設備が家に入ってきた時代に、失われていく陰翳を書き留めた随筆
  • 谷崎が描いた美しさは、漆器・障子・床の間と、弱い光との組み合わせで生まれている
  • ただし文学であり、東洋と西洋の対比などは、そのまま文化の説明には使えない
  • 今の家で生かすなら、明るさの量より明暗の差を設計する

暗がりは、明るさが足りない場所ではなく、明るいところを引き立てるために残しておく場所なのかもしれません。今夜、照明をひとつ消したとき、あなたの家のどこに陰翳が生まれるでしょうか。

参考文献

  • 谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(中公文庫、中央公論社、1975年初版)。初出は「経済往来」1933年12月号・1934年1月号。本文の引用と要約は、この版を底本とする青空文庫版によりました。
  • 中根隆行「谷崎潤一郎『陰翳礼讃』における大衆文化の表象」第21回国際日本文学研究集会での研究発表(1997年11月14日)。国文学研究資料館リポジトリ(PDF)。随筆の中心を「陰翳が失われていく過程」と読む解釈と、皮肉・回顧性の指摘に用いました。
  • JIS Z 9125:2023「照明基準総則」。住宅の推奨照度は、パナソニック「住宅の照明」(照明設計サポート P.L.A.M.)の掲載値によりました。

次に読む

連載第2話。『徒然草』の「家の作りやうは、夏をむねとすべし」は、今も正しいのかを考えます。

「家の作りやうは、夏をむねとすべし」は今も正しいか|『徒然草』第55段から考える、夏の家と冬の家
『徒然草』第55段「家の作りやうは、夏をむねとすべし」は今も正しいのか。原文を一文ずつ読み、引き戸の明るさや天井の高さなど今に通じる観察と、冬の寒さが健康リスクとなった現代の事情を整理。一級建築士が、夏も冬も快適な家の考え方を紹介します。

照明を増やすほど落ち着かなくなる理由を、照明計画の側から書いた記事です。

ダウンライトだらけの家が、疲れる理由|"均一な明るさ"は、本当に快適?
天井のダウンライトで部屋中を均一に明るくした家が、夜になると落ち着かない。その理由は、明るさの「むら」と「位置」にあります。照明の心理学や睡眠の研究をもとに、壁を照らす、場所ごとに光を分けるなど、くつろげる照明計画の考え方を一級建築士が解説します。

寝室の照明を、明るさではなく「暗さ」から考える記事です。

寝室照明の正解は?|"明るさ"より"暗さ"で快適さが決まる理由
寝室の照明は、明るければいいわけではありません。寝る前の明るい光は、眠りを促すホルモンの分泌を遅らせることがわかっています。寝転んだときにまぶしくない主照明、壁を照らす間接照明、枕元の手元灯の3つで、眠りにつながる寝室の照明計画を一級建築士が解説します。

視線・音・気配という、目に見えない心地よさの話です。

なんとなく心地いい家の正体|視線・音・気配の整え方
家の快適さは何で決まる?建築士が「視線・音・気配」をコントロールする間取り設計を解説。見えない要素から考える住まいづくりのポイントをわかりやすく紹介します。
この記事を書いた人|メガネ建築士(一級建築士・ハウスメーカー設計士/150棟以上の住宅設計)
設計実務の目線で「後悔しない家づくり」を発信しています。 プロフィール・運営者情報 ▶

コメント

タイトルとURLをコピーしました