玄関、障子、床の間、年中行事。見慣れた住まいの中にある日本文化を、古典と研究を手がかりに読み直す連載です。伝統をただ礼賛するのではなく、「なぜそうなっているのか」と「それは今も正しいのか」を、一級建築士の目で考えます。
結論:床の間は「何もない場所」ではなく、季節や客に合わせて入れ替えるために、空けておく場所でした。
- 床の間の始まりは、仏画を掛けて香炉・花瓶・燭台を並べる礼拝の形。室町時代の上層の住まいで造り付けになった
- 江戸時代には庶民の家で床の間を作ることが禁じられ、のちに広まると格式を示す場所にもなった
- 天心は茶室を、装飾を欠く「空き家」と呼んだ。空いているから、その日のために整えられる
- 今の家に必要なのは床の間そのものより、入れ替えるために空けておく場所
家を建てて何年かたった方から、こんな話を聞くことがあります。「収納はたくさんつくったのに、季節の物を飾る場所がない。だから、ひな人形も正月飾りも、だんだん出さなくなった」。
物をしまう場所は足りている。足りないのは、物を出しておく場所です。そして、その場所は放っておくと、いつのまにか別の物で埋まってしまう。
昔の和室には、そのための場所がありました。床の間です。けれど、床の間はなぜ生まれ、何のために空けてあったのでしょうか。この記事では、床の間と「しつらい」の歴史をたどり、「何も置かない場所」が家に必要な理由を考えます。
床の間は、もともと何をする場所だったのか
建築史家の平井聖は、『日本大百科全書』で、床の間の始まりを次のように説明しています。壁に仏画を掛け、その前に卓を置いて、香炉・花瓶・燭台の「三具足(みつぐそく)」を並べる。そうした礼拝の形が、のちに中国の宋や元の絵を鑑賞する形式になり、壁に造り付けの凹みとして固定された。これが「押板(おしいた)」と呼ばれる床の間の原形です。
『世界大百科事典』の「床の間」の項で、鈴木充も室町時代の上層階級の住まいにあった押板を床の間の起源と考えています。当時は中国から渡ってきた美術品で部屋を飾ることが流行し、押板は違い棚や書院とともに、座敷の飾りとして造り付けられていきました。
つまり床の間は、もともと「何もない場所」として生まれたのではありません。祈るため、そして大切な書画や道具を見せるための、ハレの場所でした。
床の間が「格式」になるまで
床の間は、はじめからどの家にもあったわけではありません。鈴木によれば、江戸時代には庶民の住まいで床の間を作ることが禁じられていました。それが18世紀の中ごろから、多くの家に数寄屋風の床の間が設けられるようになり、床柱に銘木を使うなど、家の格式を示す意味合いが強まっていきます。
床の間を背にした席が上座になる、という席次の決まりも、こうした格式と結びついています。床の間は、飾る場所であると同時に、部屋の中の序列を示す場所でもありました。
戦後になると、床の間は封建的な住まいの象徴として批判されるようになります。それでも鈴木は、畳の部屋の空間の秩序を保つうえで欠かせない存在として、床の間は座敷飾りの中心にあり続けたと書いています。
「しつらい」|飾るのは、その日のため
床の間を考えるときに、あわせて知っておきたい言葉が「しつらい(室礼・設い)」です。平安時代、宴や儀式などハレの日に、寝殿造の邸宅の部屋に調度を置いて飾り整えることを指しました。
ここで大事なのは、しつらいが「その日のため」のものだということです。いつも同じ物を同じ場所に置いておくのではなく、行事や季節、迎える客に合わせて、その都度整える。整えるためには、ふだんは空けておく場所が要ります。
茶室は「空き家」である|天心と兼好
第3話でも紹介した岡倉天心の『茶の本』は、茶室の呼び名について面白い説明をしています。茶室を表す「数寄屋(すきや)」は、好みの家という意味の「好き家」であり、装飾をいっさい持たないという意味では「空き家」でもある、というのです。
いっさいの装飾を欠くからには「空(す)き家」である。
岡倉覚三『茶の本』村岡博訳
空いているからこそ、その日の客と季節のために、掛け物や花を選んで整えることができる。床の間の「空き」は、何もないことではなく、これから整えるための準備の状態だと読むことができます。
第2話で読んだ『徒然草』第55段も、最後の一文で、家には使い道のない所を作っておくのが、見ても面白く、いろいろな用にも立ってよい、と書いていました。用途を決めずに空けておく場所が役に立つ、という感覚は、兼好の時代の人々の間にもあったようです。
そのまま信じなくていい|床の間と「余白」の読み方
「日本の家には、何もない余白を愛でる文化がある」。そう言われることがありますが、床の間の歴史を見ると、少し注意が必要です。
床の間は「余白の美」として生まれたのではない
床の間の始まりは、礼拝と、舶来の美術品を見せることでした。室町時代の座敷飾りは、違い棚に唐物を並べる、かなり華やかなものだったはずです。「何もない空間こそ日本的」という見方は、茶室の美意識や、近代以降の簡素なデザインを重ねた、後からの読み方でもあります。
床の間のある暮らしは、すべての家のものではなかった
江戸時代、庶民の家で床の間が禁じられていたように、床の間は長く身分や格式と結びついた場所でした。「昔の日本の家には床の間があった」と一般化するのは正確ではありません。
余白は、放っておけば生まれない
もう一つ、建築士として強調したいことがあります。床の間が空いていたのは、そこに日常の物を置かないという決まりがあったからです。決まりのない空きスペースは、たいてい物置になります。余白は、空間の問題である前に、暮らし方の約束の問題なのだと思います。
建築士として読む|今の家に「空けておく場所」をつくる
今の家に、本格的な床の間をつくる必要はありません。けれど、床の間が果たしていた役割、つまり「入れ替えるために空けておく場所」は、どんな家にもつくれます。
一か所だけ、視線が集まる場所を空ける
床の間が一つの部屋に一つだったように、空けておく場所は家の中で一か所か二か所に絞るのがおすすめです。玄関の正面、リビングに入って最初に目が向く壁、階段を上がった先の突き当たり。視線が自然に集まる場所を一つ選び、そこを「飾る場所」と決めておきます。
飾る場所の近くに、しまう場所をつくる
季節の物を出さなくなるいちばんの理由は、出し入れが面倒になることです。飾る場所のすぐ近くに、季節の物をしまう収納を用意しておくと、入れ替えの手間がぐっと減ります。床の間の脇にあった押入れや地袋は、まさにそのための場所でした。
小さな光を当てる
第1話で読んだ『陰翳礼讃』は、床の間の奥に溜まる暗がりの美しさを書いていました。今の家なら、飾る場所の上に小さな照明を一つ用意し、夜はそこだけを照らす。周りを少し暗くすると、空けておいた場所が、部屋の中でいちばん静かで目立つ場所になります。
「ここには物を置かない」と家族で決める
最後に、いちばん大切なのは設計より約束です。空けておく場所には、郵便物も鍵も買い物袋も置かない。それを家族で決めておくことが、余白を余白のまま保ついちばん確かな方法です。
間取りの打ち合わせでは、収納の量はよく話題になりますが、「何も置かない場所」の話はほとんど出てきません。図面に「飾る場所」と一言書き込んでおくだけで、設計の段階から照明やコンセント、壁の下地まで考えておくことができます。和室をつくらずに和の要素を取り入れる考え方は和モダンは、和室を作ることではないでも書いています。
原典と研究で確かめられること・言い切れないこと
- 床の間の始まりは、仏画と三具足による礼拝の形で、室町時代の上層の住まいで押板として造り付けられた
- 江戸時代には、庶民の住まいで床の間を作ることが禁じられていた
- 18世紀中ごろ以降、多くの家に床の間が設けられ、格式を示す意味合いが強まった
- しつらいは、ハレの日に調度を置いて部屋を整えることを指す言葉だった
- 天心は茶室を、装飾を欠く「空き家」と表現した
- 日本の家が昔から一般に「何もない余白」を好んでいたということ
- 床の間が、余白の美のために生まれた場所だということ
- 余白のある家なら、季節の行事が自然に続くということ(使い方の約束がなければ物置になる)
暮らしの中で試してみたい3つのこと
- □ 家の中で、いま何も置いていない場所を探してみる。それは意図して空けた場所か、たまたま空いている場所か
- □ 視線が集まる場所を一つ決めて、季節の物を一つだけ置いてみる
- □ 1か月たったら、置いた物を入れ替えてみる。入れ替えが面倒に感じたら、しまう場所との距離を見直す
床の間と余白のよくある質問(FAQ)
Q. 床の間は、いつ、何のために生まれたのですか?
室町時代の上層階級の住まいで、仏画を掛けて香炉・花瓶・燭台を並べる礼拝の形や、中国の絵画を鑑賞する場所が、壁の凹みとして造り付けられたのが始まりとされます。この形を「押板」と呼びます。
Q. 床の間と上座には、関係がありますか?
あります。和室では、床の間の前が上座、出入口に近い側が下座とされるのが基本です。床の間は、飾る場所であると同時に、部屋の中の序列を示す場所でもありました。
Q. 和室や床の間がない家でも、同じことはできますか?
できます。大切なのは床の間の形ではなく、入れ替えるために空けておく場所を一か所決めることです。玄関の正面やリビングの壁の一部などを「飾る場所」と決め、近くにしまう収納と小さな照明を用意しておくと続けやすくなります。
Q. 何を飾ればいいのか迷います。
季節の行事の飾りのほか、季節の花や枝を一本、旅先で手に入れた器などでも十分です。たくさん並べるより、一つだけ置いて、季節ごとに入れ替える方が、空けておいた場所が生きてきます。
Q. 空けておく場所をつくると、収納が減りませんか?
壁の一部や棚の一段を空けるだけなら、収納への影響はわずかです。むしろ、その近くに季節の物の収納をまとめることで、出し入れのしやすい家になります。
まとめ|余白は、入れ替えるために空けておく場所
- 床の間は、礼拝と鑑賞のためのハレの場所として、室町時代の上層の住まいで生まれた
- 江戸時代には格式と結びつき、戦後は批判されながらも和室の秩序の中心にあり続けた
- しつらいも茶室の「空き家」も、その日のために整えるための空きだった
- 今の家では、視線の集まる場所を一か所空け、しまう場所と光を近くに用意し、物を置かない約束をする
余白は、何もない場所ではなく、まだ何かを迎え入れることのできる場所です。あなたの家で、次の季節を迎え入れる場所は、どこにあるでしょうか。
参考文献
- 平井聖「床の間」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館、鈴木充「床の間」『世界大百科事典』平凡社。床の間の起源、江戸時代の禁止と普及、戦後の位置づけに用いました。コトバンクで読む
- 「室礼」『家とインテリアの用語がわかる辞典』講談社。しつらいの意味に用いました。コトバンクで読む
- 岡倉覚三『茶の本』村岡博訳(岩波文庫、岩波書店、1929年初版)。茶室を「空き家」とする説明に用いました。本文の引用は青空文庫版によりました。
- 兼好法師『徒然草』第五十五段。最後の一文(用なき所を作る)に用いました。原文は「徒然草」(吾妻利秋訳)掲載の本文によりました。
- 谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(中公文庫)。床の間の陰翳についての記述に用いました(第1話参照)。
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連載第5話。第2編「内と外のあいだ」のはじまり。玄関で靴を脱ぐ習慣と、「玄関」という言葉の歴史をたどります。

連載第3話。古びたもの、欠けたものの美しさを、「わび・さび」の歴史から考えます。

連載第1話。床の間の暗がりを美しいと書いた、谷崎潤一郎の随筆を読み直します。

床の間と上座が、家族の序列とどう結びついていたかを考えた記事です。

「余白」をキーワードに、北欧のインテリアと日本の住まいを比べた記事です。



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