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「なんで気づかないの?」は脳のせいじゃない|建築士が考える「男脳・女脳」の誤解と、家事が偏らない家

いえのキホン
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連載|建築士の思考実験 #12

人はなぜ判断を間違えるのか。そして、どう考えれば納得できる家づくりや暮らしにつながるのか。心理学・認知科学の知見と、設計の現場で見てきたことを重ねて考える連載です。

SHEET — 男脳・女脳と家の要点S = 1:建築士の思考実験 12 / kobayan

結論:「男性脳」「女性脳」という2種類の脳は、今の科学ではほとんど支持されていません。家庭で起きる「なんで気づかないの?」の多くは、脳の違いではなく誰がその件の責任を持たされているかの違いです。そして、それは家のつくりで変えられる部分があります。

  • 男女の脳の違いとされた有名な話の多くは、少人数の研究から広まり、のちに支持されなかった
  • 脳は「男性型・女性型」の2種類ではなく、一人ひとり違う特徴の組み合わせ(モザイク)という研究がある
  • 家事に「気づく」かどうかは、見張り役(管理の責任)を持っているかで変わる
  • 家では、在庫・予定・置き場所を家族全員に見えるようにすると、気づく人が偏りにくい

「なんで言わなくても気づいてくれないの?」「言ってくれないとわからないよ」。

この会話、どこかで聞いたことがあると思います。言った側かもしれないし、言われた側かもしれません。そして、この行き違いには、たいてい決まった結論が用意されています。「男と女は脳が違うから仕方ない」。

男性は論理的で、一つのことに集中する。女性は共感的で、いくつものことを同時にこなす。わかりやすい説明です。わかりやすすぎて、疑う気にもなりません。

でも先に言っておくと、「男性脳」「女性脳」という2種類の脳は、今の科学ではほとんど支持されていません。では、あの行き違いはどこから来るのか。家づくりの打ち合わせや、新しい家での家事の分担を考えるうえでも、ここはとても大事なところです。この記事では、脳の研究から順番に見ていき、最後に「気づく人が偏らない家」のつくり方を考えます。

「男性脳・女性脳」の話は、どこから広まったのか

よく知られた話の一つに、「女性は脳の左右をつなぐ脳梁(のうりょう)が太いので、言葉と感情を同時に扱える」というものがあります。もとになったのは、1982年に科学誌『サイエンス』に載った論文です。

ところが、この研究で調べられた脳は14人分(男性9人、女性5人)でした。1997年には、それまでの数十本の研究をまとめて検証した論文が出され、脳梁の大きさや形に、はっきりした男女差は見つからないと報告されています。最初の報告は、人数の少なさによる偶然だった可能性があります。

ただ、科学が見直されても、一度広まった物語はなかなか消えません。1990年代から2000年代にかけて、男女の脳の違いを説明する本が世界中でよく読まれました。悪意があったわけではなく、当時の研究ではそう見えていたのだと思います。でも、本は研究より長く書店の棚に残ります。今の「男性脳・女性脳」のイメージの多くは、その頃の物語の名残と言ってもいいかもしれません。

今の研究が見ている脳|「2種類」ではなく「モザイク」

2015年、イスラエルの神経科学者ダフナ・ジョエルらは、1,400人以上の脳のMRI画像を使って、こんな調べ方をしました。脳をいくつもの部位に分け、それぞれについて「男性に多い形」「女性に多い形」を決めておく。そのうえで、一人ひとりの脳がどちらかにそろっているかを見たのです。

結果、すべての部位が「男性に多い形」、あるいはすべてが「女性に多い形」にそろった脳は、調べ方によって0〜8%程度しかありませんでした。多くの脳は、両方の特徴が混ざった、一人ひとり違うモザイクだったのです。

心理面の研究もあります。2005年、心理学者ジャネット・ハイドは、男女の心理的な違いを調べた46本のメタ分析(研究をまとめて分析したもの)を見直しました。記憶、空間の認識、言葉の能力、自尊心、リーダーシップなど、124の項目のうち78%で、男女差は小さいか、ほぼゼロでした。ハイドはこれを「性別類似性仮説」と呼んでいます。男女は違うところより、似ているところのほうがずっと多い、という考え方です。

差がないわけではない|身長で考えるとわかりやすい

念のため書いておくと、男女差がまったくないわけではありません。投げる力や身体的な攻撃性など、比較的はっきり差が出る項目もあります。ホルモンの影響もあります。

大事なのは、差の大きさと、重なりの大きさです。身長を考えるとわかりやすいと思います。平均すると男性のほうが背が高い。これは誰も否定しません。でも、男性より背の高い女性はたくさんいます。「女性は背が低い」と言って、目の前の背の高い女性を無視する人はいないはずです。心理的な特徴の多くは、身長よりもさらに男女の重なりが大きい。平均の差はあっても、目の前の一人を予測する道具としては、ほとんど役に立たないのです。

「察してほしい」「言ってくれないと」の正体

では、日常のすれ違いはどこから来るのでしょうか。脳の中にないなら、脳の外を見る必要があります。

言語学者デボラ・タネンは、会話には「関係をつくるための会話」と「情報をやりとりするための会話」があり、どちらを好むかに平均的な男女差があると論じました。また、表情や声の調子から気持ちを読み取る力についても、多くの研究で女性がわずかに高いという結果が出ています。

ただ、この差が生まれつきなのか、育ち方なのかは、まだ決着していません。研究者の中には、練習量の差で説明できる部分が大きいと考える人もいます。子どもの頃から「今どんな気持ち?」と聞かれる回数、泣いている子に声をかける側に回る回数、「泣くな」と言われる回数。それが20年、30年積み重なれば、気持ちを読む力に差が出ても不思議ではありません。

「察してよ」と「言ってくれないとわからない」のすれ違いは、男女の脳の違いというより、察する練習をしてきた人と、してこなかった人のすれ違いと考えたほうが、解決の糸口は見つけやすくなります。練習の差なら、今からでも練習できるからです。

「こういう集団だから」という物語が、結果を変える

2014年の経済学者らの実験では、男女で成績に差がない簡単な計算課題で、採用する側が誰を雇うかを選びました。見た目しか情報がないと、男女どちらの採用担当者も、男性を約2倍選びやすかったのです。自分の成績を本人に申告させると、男性は高めに申告しがちで、女性は控えめに申告しがちでした。その結果、実力が同じでも、自信を持って申告した側が選ばれやすくなりました。

能力の差ではなく、「この集団はこうだ」という思い込みと、自己申告をどう受け取るかという評価の仕組みが、結果を左右していたのです。

家庭の「なんで気づかないの?」は、見張り役の問題

家庭では、どうでしょうか。トイレットペーパーが切れそうなことに、なぜ気づかないのか。子どもの歯医者の予約を、なぜ覚えていないのか。ここでも「女性は細かいところに気づく脳だから」という説明が出てきます。

まず数字を見ておきます。総務省の社会生活基本調査(2021年)では、6歳未満の子どもがいる夫婦の1日の家事関連時間は、妻が7時間28分、夫が1時間54分。約4倍の差があります。

そして時間に表れない負担もあります。在庫を把握する。買い物リストを作る。予約を取る。期限を覚えておく。手を動かす時間には数えられませんが、頭の中ではずっと動いている仕事です。「メンタルロード(見えない管理の負担)」と呼ばれることもあります。

トイレットペーパーの残りに気づくのは、切らしたら自分が困ると、頭のどこかで見張っているからです。予約を覚えているのは、忘れたら自分が対応することになると知っているからです。つまり、気づくかどうかは、脳の性能ではなく、その件の最終責任を持っているかどうかで大きく変わります。

気づかない人は、気づく力がないのではなく、気づかなくても困らない立場にいるだけかもしれません。同じ人が、仕事では納期の3日前に取引先の小さな変化に気づいていたりします。見張り役を任されている場所では、ちゃんと気づけるのです。

研究でわかっていること・まだわかっていないこと

◎ わかっていること
  • 脳梁の男女差として広まった話は、のちの大規模な検証で支持されなかった
  • 心理的な特徴の多くで、男女差は小さく、男女の重なりは大きい
  • 「この集団はこうだ」という思い込みが、評価や採用の結果を左右することがある
  • 子育て世帯の家事・育児時間には、今も大きな夫婦差がある
○ まだわかっていないこと
  • 脳を「モザイク」とみる研究には分析方法への批判もあり、多くの特徴を組み合わせると性別をかなり当てられるとする研究もある
  • 気持ちを読む力などの平均差が、どこまで生まれつきで、どこまで経験によるのかは決着していない
  • 「思い込みが成績を下げる」とされる効果(ステレオタイプ脅威)は、追試で効果が小さく出ることもあり、大きさには議論がある

つまり、「脳に男女差はまったくない」と言い切るのも、「男女は脳が違うから仕方ない」と言い切るのも、どちらも雑だということです。少なくとも、目の前の家族の得意・不得意を、性別から決めつける理由にはならない。そこまでは言えます。

家づくりにも、ひそむ「男性脳・女性脳」

建築士として、この話は家づくりにもそのまま当てはまると感じています。

たとえば、打ち合わせでキッチンや収納の話は奥さんに、予算や性能の話は旦那さんに、と自然に振り分けてしまう。「ママ動線」「パパの書斎」という言葉で、家事の担当や居場所を最初から決めてしまう。どれも悪気はありませんが、家の形が、今の役割分担をそのまま固定してしまうことがあります。

家は30年以上使うものです。共働きになる、在宅勤務が増える、子どもが家事を手伝える年齢になる。分担は変わっていくのに、家のつくりが「この人がやる前提」のままだと、見張り役は一人に固定されたままになります。

「気づく人」が偏らない家|間取りでできる5つのこと

見張り役を一人に集めないためには、話し合いと同じくらい、家のしくみが効きます。誰が見ても状態がわかり、誰でも動ける家にしておくことです。

  1. 在庫が「見える」収納にする:日用品のストックは、扉の奥にしまい込むより、ひと目で残りがわかる棚に。パントリーやストック棚を家族の通り道に置くと、残り少ないことに誰でも気づけます
  2. 置き場所を「家族全員が知っている」状態にする:ファミリークローゼットや、玄関の共有収納のように、家族の物を一か所にまとめると、「どこにある?」と一人に聞かなくて済みます。ラベルを貼るのも有効です
  3. 予定と連絡を貼れる「情報の場所」をつくる:キッチン横やリビングの通り道に、カレンダーや学校のお便りを貼れる壁やカウンターを用意します。予定が一人の頭の中だけにある状態を減らせます
  4. 家事の場所を、複数人で使える広さにする:キッチンや洗面、ランドリーの通路が一人分しかないと、自然と「いつもの人」がやることになります。2人が並べる余裕があると、手伝う、交代するが起きやすくなります
  5. 部屋や動線に、担当者の名前をつけない:「ママ動線」ではなく「家事動線」、「パパの書斎」ではなく「ワークスペース」。呼び方を変えるだけでも、その場所を誰が使うかの前提が少しゆるみます
👓 建築士のメモ

家事の分担は話し合いで決めるもの、と思われがちですが、設計の目線で見ると「誰が気づける場所にあるか」で、かなり変わります。ストックが一人しか開けない扉の奥にあれば、気づくのはその人だけです。見張り役を交代しやすい家は、在庫と予定と置き場所が、家族の目に入る場所にある家です。共働きの家の動線については共働き夫婦の間取りで後悔しないために、ストックの置き場所はパントリーって何畳いる?でも書いています。

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「脳のせい」にすると、変えられなくなる

最後に、一つだけ考えておきたいことがあります。なぜ「男性脳・女性脳」という言葉は、こんなに使われ続けるのでしょうか。

それは、この言葉が便利な言い訳になるからかもしれません。脳のせいにした瞬間、それは変えられないものになります。変えられないものには、誰の責任も生まれません。だからこの言葉は、行き違いを解決するためではなく、話し合いを引き分けで終わらせるために使われがちです。

そして、この言葉で損をしているのは、女性だけではありません。「男は気持ちを言葉にできない」と言われ続けると、苦しいときに苦しいと言う練習の機会がなくなります。練習不足なら練習すればいい。脳の仕様なら諦めるしかない。どちらの見方を選ぶかで、これからの暮らしは変わります。

次に「男と女は脳が違うから」と言いたくなったら、一度だけ「練習してこなかったから」「その立場に置かれていないから」と言い換えてみてください。同じ行き違いが、少し違って見えてくるはずです。

家族で話してみたい5つのこと

  • □ 家の中で「気づく役」が、一人に偏っていることはないか
  • □ 日用品の在庫は、誰が見ても残りがわかる場所にあるか
  • □ 予定や連絡は、一人の頭やスマホの中だけにないか
  • □ キッチンや洗面は、2人で並んで使える広さか
  • □ 間取りの呼び方に、担当者の決めつけが入っていないか

男脳・女脳と家づくりのよくある質問(FAQ)

Q. 結局、男女の脳に違いはあるのですか?

平均で見ると違いがある部位や特徴はあります。ただ、多くは差が小さく、男女の重なりが大きいため、「男性の脳」「女性の脳」という2種類に分けることはできない、と考える研究者が増えています。一方で、分析の方法によっては性別をかなり当てられるという研究もあり、議論は続いています。

Q. 家事の分担で、話し合い以外にできることはありますか?

家のしくみを変えることです。在庫が見える収納、置き場所が家族全員にわかる収納、予定を貼れる場所、2人で使える家事スペースなど、誰でも気づけて動ける状態にすると、見張り役が一人に集まりにくくなります。

Q. 家づくりの打ち合わせで気をつけることは?

キッチンは妻、予算は夫のように、話題ごとに担当を決めつけないことです。今の分担だけでなく、10年後の働き方や子どもの成長も考えて、家族全員で使う前提で話を進めると、長く使いやすい間取りになります。

Q. 「察してほしい」と「言ってほしい」のすれ違いは、どうすればいいですか?

察する側は察する練習を、伝える側は言葉にする練習を、少しずつ重ねるのが現実的です。家の中に予定や頼みごとを書いておける場所があると、「言わなくても伝わる」を、しくみで少し補えます。

まとめ|違いは脳の中ではなく、脳の外にある

  • 「男性脳・女性脳」として広まった話の多くは、少人数の研究から始まり、のちの検証で支持されなかった
  • 今の研究では、脳は2種類ではなく、一人ひとり違う特徴の組み合わせ(モザイク)とみる見方が有力になっている
  • 男女差はあるが、重なりが大きく、目の前の一人を予測する道具にはならない
  • 家事に気づくかどうかは、脳の性能ではなく、見張り役(管理の責任)を持っているかで変わる
  • 家では、在庫・予定・置き場所を家族全員に見えるようにすると、気づく人が偏りにくい

行き違いの原因を脳の中に探すと、話はそこで止まってしまいます。でも、原因が脳の外、つまり練習量や役割、家のしくみにあるなら、それは人がつくったものなので、人が変えられます。家づくりは、そのしくみを最初から考え直せる、数少ない機会です。

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この記事を書いた人|メガネ建築士(一級建築士・ハウスメーカー設計士/150棟以上の住宅設計)
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