設計の「なぜ」を問い続ける。思想や哲学を手がかりに、空間と人の関係を建築士の視点で考えるシリーズです。
結論:「底が見えた」と感じたとき、それは本当の底ではないのかもしれません。見る角度を変えると、同じものがまったく違う風景を見せてくれます。
- 仏教の「正定」は、心を一つに定めること。八正道の一つ
- 「醍醐味」の醍醐は、いくつもの段階を経て最後に現れる味
- 熱しやすく冷めやすいのは欠点ではなく、一つの性質
- 深めるコツは、人に教えられるところまでやってみること
導入|「底が見えた」と思うと、興味がなくなってしまう
何かを始めると夢中になる。けれど、しばらくすると情熱が消えてしまう。
楽器を始めては次の楽器へ。趣味を始めては次の趣味へ。仕事でも、ある程度こなせるようになると、急に色あせて見えてくる。
「大体こういうことね」と分かった気がした瞬間、興味がすっと引いていく。そんな経験はないでしょうか。
周りからは「広く浅くできるのも才能だよ」と言われる。それでも、一つのことを極めた人への憧れが消えない。
今回は、仏教の「正定(しょうじょう)」と「醍醐味」という言葉を手がかりに、物事を深めるということを、建築の視点も交えて考えてみます。
結論|見る角度を変えれば、同じものが違う風景を見せてくれる
「底が見えた」と感じるのは、多くの場合、一つの角度からしか見ていないときです。
立場を変えて、別の側から見てみる。すると、分かったと思っていたものが、まったく違う奥行きを見せてくれる。
そのためのいちばん確かな方法の一つが、「人に教えられるところまでやってみる」ことだと思います。
「正定」——心を一つに定めるということ
お釈迦さまは、苦しみから離れて生きるための具体的な実践として、八つの道「八正道(はっしょうどう)」を説きました。
その一つが「正定」です。心を正しく一つに定め、散らさずに集中すること。「定」という字には、定める、落ち着かせるという意味があります。
一つのことに心を定めて、長く向き合い続ける。スポーツでも、料理でも、ものづくりでも、突出した人の多くはこの力を持っています。
ただ、ここで大切なのは、誰もが最初からそうできるわけではない、ということです。
熱しやすく冷めやすいのは、欠点ではなく性質
世の中には、一つのことにのめり込むタイプの人もいれば、いろいろなことを少しずつ試したくなるタイプの人もいます。
どちらが正しいというわけではありません。むしろ、多くの人は後者に近いのではないでしょうか。
好奇心があり、いろいろなことを一定のレベルまでこなせる。それは一つの力です。年齢を重ねると、かじってきた経験同士が組み合わさって、幅広く対応できる強みになることもあります。
一方で、何か一つを深く極めた人にしか見えない景色があるのも、また事実です。
だから、まずは自分の性質を責めずに知っておくこと。そのうえで「深めたい」と思うなら、深め方を工夫すればいいのだと思います。
「醍醐味」は、もっと先にある
「醍醐味」という言葉は、仏教の経典から来ています。
牛乳を精製していく段階を、乳、酪、生酥、熟酥、醍醐という五つの味にたとえ、その最後に現れる最上の味を「醍醐」と呼びました。
つまり醍醐は、いくつもの段階を経て、ようやくたどり着く味です。
「もう醍醐味は分かった」と思ったとき、実はまだ途中の味を味わっているだけかもしれません。途中の味を、最後の味だと思い込まないこと。それが、物事を深めていく入り口なのだと思います。
深めるコツは、「人に教えられるところまで」やってみること
一つのことを深めたいなら、目安を「自分ができるようになる」ではなく、「人に教えられるようになる」に置いてみる。
教える立場に立つと、それまで当たり前にやっていたことを、言葉にしなければなりません。すると、分かったつもりでいた部分が浮かび上がってきます。
さらに、教わる人がつまずくところを見ることで、自分では気づかなかった角度から、同じことを見直すことになる。
プレイヤーとしての視点に、指導者としての視点が加わる。立場を変えることで、同じものがまったく違う風景になる。そうして一つのことの奥行きが、少しずつ分かってくるのです。
何かを極めた人ほど「まだまだ」と言うのは、謙遜ではなく、本当に先が見えているからなのかもしれません。
建築士の視点から考える、「角度を変えて見る」ということ
建築の世界にも、同じことが言えます。
家を図面で考えるとき、まず描くのは平面図です。部屋の配置や広さが分かると、家のことが大体分かった気になります。
けれど、断面図で見ると、天井の高さや光の入り方、空気の流れが見えてくる。立面図で見ると、外から見た表情が分かる。現場に立てば、図面では分からなかった素材の質感や、音の響き方に気づく。
そして、実際に人が暮らし始めると、設計したときには想像していなかった使われ方が見えてくる。
同じ一つの家でも、角度を変えるたびに違う風景が現れる。設計の面白さは、まさにそこにあります。
設計を始めたばかりの頃、平面図が描けるようになると「家の設計は大体わかった」と思った時期がありました。けれど、断面図で天井の高さや光の入り方を考え、現場で職人さんと納まりを詰め、完成後に住まい手の暮らしを見せてもらうたびに、同じ間取りがまったく違って見えてきました。いちばん深く学べたのは、施主さんや後輩に「なぜこうするのか」を説明しようとしたときです。言葉にしようとすると、自分が分かったつもりでいた部分が、はっきり浮かび上がってくるのです。
物事を深める暮らしを見つめる5つの問い
正解を探すためのチェックリストではありません。今取り組んでいることや、これから始めたいことを思い浮かべながら、次の5つを問いかけてみてください。
- 角度:今取り組んでいることを、いつもと違う立場から見たことがあるか
- 言葉:それを、初めての人に分かるように説明できるか
- 段階:「分かった」と感じたとき、その先にまだ段階があると想像できるか
- 環境:道具を出したままにできる場所など、続けやすい環境が家にあるか
- 手渡し:身につけたことを、誰かに伝える機会をつくれているか
「飽きる」と「深める」のよくある質問(FAQ)
Q. 「正定(しょうじょう)」とは何ですか?
お釈迦さまが説いた、苦しみから離れて生きるための八つの実践「八正道」の一つです。心を正しく一つに定め、散らさずに集中することを意味します。何か一つのことに向き合う力、と言い換えることもできます。
Q. 熱しやすく冷めやすい性格は、直したほうがいいですか?
無理に直す必要はありません。好奇心が強く、いろいろなことを一定のレベルまでこなせるのは、それ自体が一つの力です。年齢を重ねると、かじってきた経験同士が組み合わさって、思わぬ強みになることもあります。そのうえで「何か一つを深めてみたい」と思うなら、深め方を工夫してみればいいのだと思います。
Q. 「醍醐味」の本当の意味は?
仏教の経典では、牛乳を精製していく段階を五つの味(五味)にたとえ、その最後に現れる最上の味を「醍醐」と呼びました。そこから、物事の本当の面白さや深い味わいを「醍醐味」と言うようになりました。途中の味を最後の味だと思い込まないこと、という教訓としても読めます。
Q. 何か一つを深めるには、どうしたらいいですか?
一つの目安として、「人に教えられるところまでやってみる」ことをおすすめします。教える立場に立つと、自分が分かったつもりでいた部分に気づき、同じことを別の角度から見られるようになります。実際に誰かに教える機会がなくても、説明できるかどうかを自分に問いかけるだけでも違ってきます。
Q. 住まいで、何かを続けやすくする工夫はありますか?
道具を出したままにしておける場所をつくる、始めるまでの準備の手間を減らす、取り組んだものを飾ったり見せたりできる場所を用意する、といった工夫が役立ちます。続けることを意志だけに頼らず、環境で支える考え方です。
まとめ|「底」の先に、まだ風景がある
- 「正定」は、心を一つに定めること。八正道の一つ
- 熱しやすく冷めやすいのは欠点ではなく、一つの性質
- 「醍醐」は、いくつもの段階を経て最後に現れる味
- 深めるコツは、人に教えられるところまでやってみること
- 同じ家も、平面・断面・現場・暮らしと、角度を変えるたびに違う風景を見せる
「もう分かった」と感じる瞬間は、誰にでも訪れます。
けれど、そこで少しだけ立ち位置を変えてみる。誰かに教えてみる。すると、見えたと思っていた底の下に、まだ深い風景が広がっていることに気づくはずです。
家づくりもまた、角度を変えながら深めていく営みです。完成したときではなく、暮らしの中で、その家の醍醐味は少しずつ現れてくるのだと思います。
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