玄関、障子、床の間、年中行事。見慣れた住まいの中にある日本文化を、古典と研究を手がかりに読み直す連載です。伝統をただ礼賛するのではなく、「なぜそうなっているのか」と「それは今も正しいのか」を、一級建築士の目で考えます。
結論:門松・しめ縄・鏡餅は、もとは年神を家に迎え、もてなすための道具でした。正月は、家そのものが一時的に「神を迎える場所」になる行事です。
- 年神は、豊作の守り神とも、先祖の霊とも言われる。どちらか一つに決まるものではない
- 門松は、年神が降りてくる依代だったと推測されている。文献の初出は平安時代後期の和歌
- 門松の木も、立てる場所も、地域によってさまざま。立てない地域や家もある
- 鏡餅は神棚や床の間、年神の棚に供え、下げたあとは家族で分けて食べる
年末になると、玄関にしめ飾りを付け、リビングの棚に小さな鏡餅を置く。何のためかはよく知らなくても、正月の準備として手が動く方も多いと思います。
けれど、門松やしめ縄や鏡餅は、もともと何のための飾りだったのでしょうか。第4編「季節をしつらえる」では、季節の行事と住まいの関係を考えます。最初の回は、一年の始まりの正月です。
正月に迎える「年神」とは
正月に家々に迎えてまつる神を、年神(歳神、としがみ)と呼びます。『デジタル大辞泉』は、年神を豊作の守り神であり、先祖の霊ともいわれる神と説明しています。
年神がどんな神かについては、いくつもの考え方があります。民俗学者の井之口章次は『日本大百科全書』で、年の境目に他界から霊が訪れて幸をもたらすという信仰に基づくと見ています。直江広治は『世界大百科事典』で、「トシ」は米を意味し、作物の神としての性格が強いと書いています。一方で、年神を白髪の老人の姿で思い描き、先祖の霊と考える地域もあります。
商家では福の神、農家では田の神とされることもあり、年神は一つの姿に決まった神ではありません。家ごと、地域ごとに、その暮らしにとって大切な神として迎えられてきたと考えられます。
門松|神が降りてくる目印
民俗学者の田中宣一によれば、門松は、もとは年神が降りてくる「依代(よりしろ)」だったと推測されています。門松に雑煮などを供える例や、門松を「お松様」と呼んで拝む例があることが、その根拠です。文献に初めて現れるのは、平安時代後期の藤原顕季の和歌とされ、中世以降は竹を添えることが多くなりました。
意外なのは、門松の地域による違いの大きさです。材料は松だけでなく、楢、椿、柳、栗、榊、竹など、さまざまな木が使われてきました。立てる場所も門口に限らず、座敷や床の間、神棚、土間に置く地域もあります。
そして、門松を立てない地域や家も少なくありません。氏神が松で目を突いたという言い伝えから、松を立てることを忌む地方があり、先祖が戦に負けて年末に落ちのびたため門松を立てる暇がなかった、という由来を伝える家もあります。
屋外では門松を左右一対に立て、その間にしめ縄(注連縄)を張る例もあります。しめ縄は、神を迎える清らかな場所を区切るものです。門松やしめ飾りを取り去る日も、1月4日、7日、14日など地域によって違います。外した門松は、九州では7日の鬼火焚き、ほかの地方では小正月のどんど焼きなどで焼くのが一般的でした。
鏡餅|神に供え、家族で分ける
鏡餅は、平たく丸い餅を大小二つ重ねたもので、金属の鏡が円盤の形をしていたことから名づけられたとされます。神仏に餅を供える習慣は平安時代の『延喜式』にも見えますが、鏡餅が広く行われるようになったのは室町時代からとされています。
鏡餅は、主に神棚や床の間、年神をまつる棚に供えました。三方に紙を敷いて載せ、譲葉、昆布、裏白、橙などを添えます。第4話で見た床の間は、正月には年神をもてなす場所にもなっていたわけです。
鏡餅を下げる日も一定ではなく、4日、7日、11日、1月末などがあるとされます。今は11日が一般的です。下げた餅は雑煮や汁粉にして食べ、神に供えたものを家族で分け合います。田中は、そこに神と人、家族どうしのつながりを確かめる意味があったと説明しています。
そのまま信じなくていい|正月飾りの読み方
「正しい飾り方」は一つではない
正月飾りには、飾る日や外す日、置く場所について、さまざまな決まりが紹介されます。けれど辞典の解説を読むと、材料も場所も日にちも、地域によって大きく違います。今よく見かける飾り方は、そのうちの一つにすぎません。
年神の正体は、決まっていない
年神を「先祖の霊」とも「田の神」とも説明するのは、研究者のあいだでも考え方が分かれているからです。どれか一つを正解として語ると、地域ごとの豊かな違いが見えなくなります。
建築士として読む|家を、一時的に「迎える場所」にする
正月の飾りを住まいの側から見ると、正月は、家の入口と家の中心を、一時的に神を迎える場所に変える行事だと言えます。今の家でも、そのための場所を用意しておくことはできます。
玄関に、飾りを掛けられる場所
しめ飾りを玄関ドアに掛けるなら、ドアに傷をつけずに掛けられるフックや、ドア脇の壁の下地があると便利です。門松を置くなら、玄関前の床に、鉢を置いても通行の邪魔にならない幅が要ります。
家の中に、鏡餅を置く場所
床の間がない家では、鏡餅の置き場所に迷います。第4話で書いた「空けておく場所」があれば、正月はそこが鏡餅の場所になり、3月にはひな人形、5月には五月人形の場所になります。季節ごとに入れ替える場所を一つ決めておくことが、行事を続けるいちばんの近道です。
飾りを、しまう場所
しめ飾りや門松は毎年新しくすることが多いですが、鏡餅の三方や飾り台は毎年使います。飾る場所の近くに、季節の道具をまとめてしまえる収納があると、出し入れの手間が減ります。
「正月飾りをどこに置けばいいかわからない」という相談はよくあります。決まりを調べる前に、「家族が毎日目にする場所はどこか」を考えてみてください。年神を迎えるという意味からも、だれの目にも触れない場所より、家族が集まる場所の近くがふさわしいと思います。鏡餅の置き場所の具体例は鏡餅はどこに置けばいいのかで書いています。
資料で確かめられること・言い切れないこと
- 年神は、豊作の神とも先祖の霊とも説明され、考え方が分かれている
- 門松は年神の依代だったと推測され、文献の初出は平安時代後期の和歌とされる
- 門松の材料や置き場所は地域でさまざまで、立てない地域や家もある
- 鏡餅が広く行われるようになったのは室町時代からとされる
- 鏡餅を下げる日は4日・7日・11日・1月末など地域や家で違う
- 正月飾りに、全国共通の正しい飾り方があるということ
- 年神の正体が、先祖の霊か田の神か、どちらかに決まっているということ
- 門松を立てないと、縁起が悪いということ
暮らしの中で試してみたい3つのこと
- □ 自分の家や実家で、正月飾りを何日に飾り、何日に外していたかを聞いてみる
- □ 実家の地域に、門松を立てない言い伝えや、独特の飾りがないか調べてみる
- □ 今年の鏡餅を、家族が毎日目にする場所に置いてみる
正月飾りのよくある質問(FAQ)
Q. 正月に迎える年神とは、どんな神ですか?
正月に家々に迎えてまつる神で、豊作の守り神とも、先祖の霊ともいわれます。研究者のあいだでも考え方が分かれ、地域によって福の神や田の神とされることもあります。
Q. 門松は何のために立てるのですか?
もとは年神が降りてくる目印(依代)だったと推測されています。門松に供え物をしたり、「お松様」と呼んで拝んだりする例があることが、その根拠とされています。
Q. 門松を立てない家があるのはなぜですか?
氏神が松で目を突いたという言い伝えから松を忌む地方や、先祖にまつわる由来から門松を立てない家があります。立てないことが間違いというわけではありません。
Q. 鏡餅はどこに置けばよいですか?
もともとは神棚や床の間、年神をまつる棚に供えました。今の家では、家族が毎日目にする、空けておいた飾り場所に置くのがおすすめです。
Q. 鏡開きはいつですか?
今は1月11日が一般的ですが、もともとは4日、7日、11日、1月末など、地域や家によって違いがありました。
まとめ|正月は、家が神を迎える場所になる日
- 年神は豊作の神とも先祖の霊とも言われ、地域ごとに迎えられてきた
- 門松は神の依代、鏡餅は神への供え物で、下げたあとは家族で分ける
- 飾りの材料、場所、日にちは地域でさまざまで、正解は一つではない
- 今の家では、玄関の掛ける場所と、家の中の空けておく場所を用意したい
正月飾りは、家を年に一度、神を迎える場所に変えるための道具でした。あなたの家では、新しい年を、どこで迎えるでしょうか。
参考文献
- 井之口章次「年神」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館、直江広治「年神」『世界大百科事典』平凡社ほか。年神についての諸説と地域差に用いました。コトバンクで読む
- 田中宣一「門松」『日本大百科全書(ニッポニカ)』『世界大百科事典』ほか。門松の由来、文献の初出、地域差、立てない言い伝えに用いました。コトバンクで読む
- 田中宣一「鏡餅」『世界大百科事典』平凡社、井之口章次「鏡餅」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館ほか。鏡餅の由来、飾る場所、鏡開きに用いました。コトバンクで読む
次に読む
連載第15話。ひな人形と五月人形は、なぜ家に飾るのか。節供の歴史です。

連載第4話。床の間はなぜ空けてあったのか。季節を入れ替えるための余白の話です。

鏡餅の置き場所を、視線・高さ・背景から考える実用記事です。



コメント