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家を建てる前に、なぜ土地に祈るのか|地鎮祭と上棟式

建築
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連載|住まいから読む日本文化 第12話

玄関、障子、床の間、年中行事。見慣れた住まいの中にある日本文化を、古典と研究を手がかりに読み直す連載です。伝統をただ礼賛するのではなく、「なぜそうなっているのか」と「それは今も正しいのか」を、一級建築士の目で考えます。

SHEET — 地鎮祭と上棟式S = 1:第12話 迎える・祀る・見送る / kobayan

結論:地鎮祭と上棟式は、工事の安全と、家と家族のこれからを、土地と職人と近所に向けて確かめる儀礼です。義務ではなく、行うかどうかは施主が決めてよいものです。

  • 地鎮祭の最古の記録は『日本書紀』持統天皇5年(691年)、藤原京の造営にかかわる記事。ただし内容はよくわからない
  • 今の地鎮祭のかたちは、江戸時代後期にほぼ定まったとされる
  • 上棟(棟上げ)は古代以来の主要な建築儀礼で、餅まきなどの習俗が各地に残る
  • 1977年の最高裁判決(津地鎮祭訴訟)は、地鎮祭が宗教とかかわる行事であることを前提に判断した

家づくりの打ち合わせで、契約が終わり、着工の日が近づくと、必ずと言っていいほど聞かれる質問があります。「地鎮祭って、やった方がいいんですか」。

土地の神をまつり、工事の無事を祈る地鎮祭。骨組みが組み上がった日に行う上棟式。どちらも「家を建てるならやるもの」と思われがちですが、いつから、何のために行われてきたのでしょうか。この記事では、建築の儀礼の歴史をたどり、今の家づくりでの意味を考えます。

地鎮祭の起源|『日本書紀』から江戸時代まで

『デジタル大辞泉』は地鎮祭を、土木や建築の工事を始める前に、その土地の神をまつり、工事の無事を祈る儀式と説明しています。「とこしずめの祭り」「地祭り」「地祝い」などとも呼ばれます。

建築史家の大河直躬らの解説によれば、記録に残る最も古い例は、『日本書紀』の持統天皇5年(691年)、藤原京の造営にかかわる記事です。ただし、そのときにどんな儀式が行われたのかは、よくわかっていません。

古代の伊勢神宮では、「鎮地祭」などの名で、鉄の人形や刀、鏡などの「鎮物(しずめもの)」を土に埋める儀式が行われました。中世の仏教では、五穀や五色の玉などを用いる「地鎮法」がありました。一方で、中世の大工たちは、地鎮祭よりも、礎石を据える「礎」や、土を掘り始める「鋤始」といった儀式を多く行っていたとされます。

今のような地鎮祭の習わしは、江戸時代後期にほぼ定まったと考えられています。庶民の間に神道が広まり、家相のような方位の信仰が家づくりに影響を与えたことが背景にあるとされます。

今の地鎮祭のかたち

神道式の地鎮祭では、敷地の四隅に青竹を立てて注連縄を張り、神を迎える場所を清めます。神職が祝詞を読み、施主や工事の関係者が玉串を捧げます。地域によっては、塩で土地を清めるだけの簡単な形や、まじないを書いた竹筒を埋める形なども伝わっています。

上棟式|骨組みが立ち上がった日の祝い

上棟式(棟上げ)は、建物の骨組みが組み上がり、屋根のいちばん高い部材である棟木を上げたときに行う儀式です。大河によれば、柱を立てる立柱とともに、古代から平安時代以降の主要な建築儀礼でした。棟木には五色の絹や御幣を飾り、酒を供えたとされます。

棟上げや屋根の葺き上がりのときに餅をまく習わしも、各地に広く見られました。東北では銭と一緒にまくこともあったといいます。棟梁が御幣を持って棟に上る例や、江戸時代の村で、村人が酒を担いで棟梁を家まで送る「だいくおくり」という習わしもありました。

大河は、こうした儀礼には、工事の安全だけでなく、建物が長く保たれることや、家族と地域の将来の幸せを願う意味があったと書いています。家を建てることは、一つの家族だけの出来事ではなく、職人と近所を巻き込んだ、共同体の出来事でもありました。

ちなみに、上棟の祝いは日本だけのものではありません。民族学者の大林太良は、ドイツでも「リヒトフェスト(Richtfest)」と呼ばれる上棟式が庶民の住宅で行われてきたことを紹介しています。

地鎮祭は、宗教の行事か|津地鎮祭訴訟

地鎮祭が宗教とどうかかわるのかを考えるうえで、よく知られた裁判があります。1965年、三重県津市は市の体育館の起工にあたって神道式の地鎮祭を行い、その費用を公金から支出しました。これが憲法の政教分離に反するとして、市議会議員が訴えたのが「津地鎮祭訴訟」です。

名古屋高等裁判所は違憲と判断しましたが、1977年、最高裁判所は8対5の多数で合憲と判断しました。多数意見は、国と宗教のかかわりを完全になくすことはできないとしたうえで、目的が宗教的な意味を持ち、効果が特定の宗教を援助・助長したり圧迫したりするものだけが禁じられると考え、この地鎮祭はそれにあたらないとしました。一方で5人の裁判官は反対意見を述べ、この判断の基準には学者からの批判も多くあります。

この裁判で大事なのは、地鎮祭が宗教とかかわる行事であること自体は、前提とされていたという点です。個人の家づくりでは政教分離は問題になりませんが、地鎮祭が信仰にかかわる行事だということは、知っておいてよいと思います。

そのまま信じなくていい|建築儀礼の読み方

「昔から必ずやるもの」ではない

地鎮祭の記録は古代からありますが、今のような形が庶民の家づくりに定着したのは江戸時代後期とされます。中世の大工は、むしろ別の儀式を重んじていました。儀礼のかたちも、時代と地域によって大きく変わってきました。

行わないと悪いことが起きる、わけではない

「地鎮祭をしないと災いがある」という話を耳にすることがありますが、そうした言い伝えに根拠があるわけではありません。地鎮祭は、行うかどうかも、どの方式で行うかも、施主の信仰と考え方で決めてよい行事です。

建築士として読む|儀礼の日を、家づくりの確認の日にする

信仰の面を別にしても、地鎮祭と上棟式の日は、家づくりにとって実用的な意味を持つ日だと私は考えています。

地鎮祭は、敷地に全員が集まる最初の日

地鎮祭の日は、施主、設計者、工事の責任者が、はじめてそろって敷地に立つ日であることが多いものです。建物の位置を示す縄張りを見ながら、隣地との距離、道路との高さ、窓から見える景色を、その場で確かめることができます。

近所へのあいさつのきっかけ

かつての建築儀礼が地域の出来事だったように、工事は近所の暮らしにも影響します。儀礼の日を、工事のあいさつに回るきっかけにすると、自然に顔を合わせることができます。

上棟の日は、骨組みを見られる唯一の日

上棟の日は、家の骨組みがすべて見える、ほとんど唯一の日です。柱や梁の組み方、金物の様子は、壁ができると見えなくなります。式を行うかどうかにかかわらず、この日に現場を見て、写真を残しておくことをおすすめします。職人と顔を合わせる機会にもなります。

👓 建築士のメモ

地鎮祭については、神職を招いて行う、家族だけで塩とお酒で敷地を清める、行わない、のどれを選ぶ方もいます。どれを選んでも、工事の品質が変わることはありません。大切なのは、家族が納得して家づくりを始められることだと思います。家づくり全体の流れは家づくりスケジュール完全ガイドにまとめています。

資料で確かめられること・言い切れないこと

◎ 確かめられること
  • 地鎮祭の最古の記録は『日本書紀』持統天皇5年(691年)、藤原京造営にかかわる記事とされる
  • 古代の伊勢神宮では鎮物を埋める儀式が、中世の仏教では地鎮法が行われた
  • 今の地鎮祭の習わしは、江戸時代後期にほぼ定まったとされる
  • 上棟は古代以来の主要な建築儀礼で、餅まきなどの習俗が各地にあった
  • 1977年の最高裁は、津市の地鎮祭を8対5で合憲と判断した
○ 言い切れないこと
  • 日本の家は、昔から必ず地鎮祭をして建てられてきたということ
  • 地鎮祭を行わないと、災いがあるということ
  • 建築儀礼のかたちが、全国で同じだということ

暮らしの中で試してみたい3つのこと

  • □ 自分の実家や、親の世代が家を建てたときに、どんな儀式をしたか聞いてみる
  • □ 地鎮祭を行うか、どの方式にするかを、家族の考え方から話し合ってみる
  • □ 上棟の日に現場へ行けるよう、工事の予定を早めに確かめておく

地鎮祭と上棟式のよくある質問(FAQ)

Q. 地鎮祭は必ずしなければいけませんか?

義務ではありません。地鎮祭は土地の神をまつり工事の無事を祈る宗教的な行事なので、行うかどうか、どの方式で行うかは施主が決めてよいものです。

Q. 地鎮祭はいつから行われているのですか?

最も古い記録は『日本書紀』持統天皇5年(691年)の藤原京造営にかかわる記事とされます。今のような形がほぼ定まったのは、江戸時代後期と考えられています。

Q. 上棟式は何のために行うのですか?

建物の骨組みが組み上がり、棟木を上げたことを祝い、工事の安全や建物が長く保たれること、家族の将来の幸せを願う儀式です。職人をねぎらう意味もありました。

Q. 餅まきは、どの地域でも行われていたのですか?

棟上げや屋根の葺き上がりのときに餅をまく習わしは各地に広く見られましたが、形は地域によって違います。東北では銭と一緒にまく例もありました。

Q. 地鎮祭をしない場合、何かしておくことはありますか?

儀式をしなくても、着工前に敷地で建物の位置や隣地との距離を確かめる機会をつくり、近所へのあいさつをしておくと、気持ちよく工事を始められます。

まとめ|儀礼は、家づくりを「みんなの出来事」にしてきた

  • 地鎮祭の記録は古代からあるが、今の形が定まったのは江戸時代後期
  • 上棟式は古代以来の建築儀礼で、餅まきやだいくおくりなど、地域の出来事だった
  • 地鎮祭は宗教とかかわる行事で、行うかどうかは施主が決めてよい
  • 儀礼の日は、敷地と骨組みを確かめ、職人と近所に会う日として生かせる

土地に祈ることも、棟上げを祝うことも、家を建てるという出来事を、家族だけのものにしないための仕組みだったのかもしれません。あなたの家づくりの始まりの日は、だれと迎えたいでしょうか。

参考文献

  • 大河直躬「地鎮祭」『世界大百科事典』平凡社、大藤時彦「地鎮祭」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館ほか。地鎮祭の起源、鎮物と地鎮法、江戸時代後期の定着、各地の習俗に用いました。コトバンクで読む
  • 大河直躬・大林太良「建築儀礼」『世界大百科事典』平凡社ほか。上棟の儀礼、餅まき、だいくおくり、儀礼の意味、ドイツのリヒトフェストに用いました。コトバンクで読む
  • 笹川紀勝「津地鎮祭訴訟」『世界大百科事典』平凡社ほか。訴訟の経緯と1977年の最高裁判決に用いました。コトバンクで読む

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この記事を書いた人|メガネ建築士(一級建築士・ハウスメーカー設計士/150棟以上の住宅設計)
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