人はなぜ判断を間違えるのか。そして、どう考えれば納得できる家づくりや暮らしにつながるのか。心理学・認知科学の知見と、設計の現場で見てきたことを重ねて考える連載です。
結論:文字を読むための脳の場所は、生まれつきは誰にもありません。読む力は後から脳をつくり替えた結果なので、使わなければ弱り、使えば年齢に関係なく取り戻せます。家にできるのは、本が目に入る場所と、拾い読みをしない時間を置ける場所をつくることです。
- 1か月に本を1冊も読まない人は62.6%。前回2018年の47.3%から急増した
- 読書の差は才能ではなく、深く読む回路を使い続けているかの差
- 画面の拾い読みばかりだと、脳はその読み方に慣れていく
- 16歳のとき家に本が約80冊あった人は、大人になってからの読解力が平均に届きやすいという31か国の研究がある
長い記事を開いて、3段落目あたりで指がスクロールを始める。本を開いたのに、同じ行を3回読んでいることに気づく。映画の途中で、なんとなくスマホに手が伸びる。
こうした感覚に心当たりがある人は、少なくないと思います。2024年に文化庁が公表した調査では、1か月に本を1冊も読まないと答えた人が62.6%でした。前回2018年の調査では47.3%、それ以前も40%台で推移していたので、この5年ほどで「読まない人」が多数派になったことになります。
「本を読まないと頭が悪くなる」と言われることがあります。でも研究から見えてくるのは、もう少し違う話です。読む脳は、生まれつき誰にも備わっていない。後からつくられたものだから、使わなければ誰でも弱っていく。そして、使い始めれば年齢に関係なく取り戻せる。この記事では、その仕組みを研究から整理し、読書と家の関係を建築士の視点で考えます。
脳に「読むための場所」は、もともとない
話す、聞く、顔を見分ける。こうした能力には、生まれつき得意な脳の領域があります。赤ちゃんは教えられなくても声を聞き分け、顔を見分けます。でも、文字は違います。人類が文字を使い始めたのは、およそ5,000年前。脳が文字専用の場所を進化させるには、短すぎる時間です。
フランスの神経科学者スタニスラス・ドゥアンヌは、文字を読むとき、脳は本来物の形を見分けるための視覚の領域を「借りて」つくり替えていると考え、これを「ニューロンのリサイクル」と呼びました。2010年の研究では、子どもの頃から読める人、大人になってから文字を覚えた人、文字が読めない人の脳を比べ、大人になってから覚えた人でも、文字に反応する脳の変化が起きていることを示しています。
つまり、読む力は才能ではなく、訓練で脳の一部をつくり替えた結果です。読む人と読まない人の差は、その回路を使い続けているかどうかの差だと言えます。
読んでいるとき、脳では何が起きているのか
小説を読むと、主人公の体に入る
2013年、アメリカ・エモリー大学のバーンズらは、大学生に古代ローマを舞台にした小説を数日かけて毎晩読んでもらい、その前後の脳の状態を調べました。すると、読んでいる期間には、言葉の意味を扱う領域に加えて、体の感覚や動きに関わる領域のつながりも強まっていました。物語を読むとき、脳は主人公の体験を、自分の体の感覚に近い形でなぞっているのかもしれません。
また、カナダの心理学者マーとオートリーらは2006年、小説をよく読む人ほど、他人の気持ちを読み取るテストの成績が高い傾向を報告しました。小説では登場人物の考えが言葉で書かれているので、読者は「この人はなぜこう動くのか」を、答え合わせつきで何度も経験できるからだと考えられています。
読む人と読まない人の差は、時間とともに開く
1986年、心理学者キース・スタノヴィッチは、読書における「マタイ効果」を示しました。少し読める人は、読むのが楽になり、もっと読む。もっと読むから言葉が増え、難しい本も読めるようになる。読まない人には、この逆の循環が回ります。
日常会話で使われる言葉は、実はかなり限られた範囲にあります。本には、会話にはあまり出てこない言葉が多く含まれています。言葉を知らないと、その言葉が指している考え方そのものを扱いにくくなります。読む人と読まない人の差は、知識の量というより、頭の中で扱える考えの種類の差として開いていくのです。
「読まない」のではなく「拾い読みしかしない」
ただ、ここで一つ正確に言っておきたいことがあります。本を読まない人も、文字を読んでいないわけではありません。文化庁の調査でも、本を読まないと答えた人の4分の3が、SNSやネット記事などの活字はほぼ毎日読んでいると答えています。
違うのは、読み方です。2006年、ウェブの使いやすさの研究者ヤコブ・ニールセンが画面上の視線を調べたところ、人は最初の数行を横に読み、少し下がってまた短く読み、あとは左側を縦にざっと流していました(Fパターン)。画面の文章は、読むというより「読む価値があるか」を判定しているのです。
認知神経科学者メアリアン・ウルフは、こうした拾い読みを続けると、脳はその読み方に慣れていくと警告しています。速く、浅く、要点だけを拾う回路が強くなる一方で、一文ずつ意味をつなげて立ち止まって考える「深い読み」の回路は使われなくなります。長い文章が読みにくくなったと感じるのは、集中力がなくなったからではなく、この回路が使われていないからかもしれません。
紙と画面、耳で聞く読書
2018年のメタ分析(デルガドら)では、同じ文章でも、画面より紙で読んだほうが理解度がわずかに高い傾向がありました。特に、時間に追われて読むときにその差が広がりました。一方、オーディオブックで聞いた人と、紙で読んだ人の理解度にほとんど差がなかったという研究もあります。大事なのは文字を目で追うことより、一つの長い流れの中に、まとまった時間とどまることなのかもしれません。
読むことは、脳の「予備」をつくる
2016年、アメリカ・イェール大学のバヴィシらは、50歳以上の約3,600人を12年間追跡し、本を読む習慣と死亡の関係を調べました。年齢や性別、収入、学歴、健康状態などをそろえて比べても、本を読む人は、読まない人より追跡期間中に亡くなるリスクが約20%低いという結果でした。新聞や雑誌を読む人では、本ほどの差は見られませんでした。
2013年、ラッシュ大学のウィルソンらは、約300人の高齢者を亡くなるまで追跡し、亡くなった後に脳を調べました。生涯を通じて読んだり書いたりすることが多かった人は、脳に同じ程度の変化があっても、記憶力の低下がゆるやかでした。晩年に知的な活動をよくしていた人は、平均的な人より低下の速さが32%遅かったと報告されています。読むことは、脳に回り道を増やし、壊れにくくする「予備」をつくっているのかもしれません。
研究でわかっていること・まだわかっていないこと
- 文字を読む力は、脳の一部を後からつくり替えて身につけたもので、大人になってからでも変化は起きる
- 日本では1か月に本を読まない人が6割を超えた
- 本を読む習慣は、長生きや、晩年の記憶力の低下がゆるやかなことと結びついている
- 子どもの頃の家の蔵書の多さは、大人になってからの読解力などの高さと結びついている
- 長生きや記憶力の研究は観察研究で、読書が原因なのか、もともと健康や余裕のある人が読書をしやすいのかは、完全には切り分けられない
- 拾い読みが深い読みの回路を弱めるという考えは有力だが、長期的な影響を直接確かめた研究はまだ少ない
- 小説と他人の気持ちを読む力の関係は、追試で効果が小さく出ることもある
- 家の蔵書の効果が、本そのものなのか、本のある家庭の文化全体なのかは区別しにくい
本が育つ家|間取りでできる5つのこと
ここからは建築士の視点です。31か国・16万人以上の大人を調べた2019年の研究(シコラら)では、16歳のときに家に本が約80冊あった人は、大人になってからの読解力が平均に届きやすく、350冊を超えるとそれ以上の伸びはほとんど見られませんでした。調査では、本棚1mにおよそ40冊が入るという目安が使われています。80冊は、本棚で言えば幅2m分ほどです。
- 本棚を「家族の目に入る場所」に置く:子ども部屋や書斎の奥ではなく、リビングや廊下、階段の壁など、家族が毎日通る場所に本棚を。背表紙が目に入るだけで、手に取るきっかけが増えます
- 壁一面でなくていい。幅2mから始める:本棚のために大きな部屋はいりません。廊下の壁に奥行きの浅い棚を設ける、階段の下を使うなど、幅2mほどの棚があれば十分なスタートになります。奥行き25〜30cmほどあれば、一般的な単行本や文庫が収まります
- 「拾い読みしない15分」の場所をつくる:窓辺のベンチ、階段の踊り場、リビングの隅の一人用の椅子。座ると自然に本を開きたくなる小さな居場所(ヌック)があると、深く読む時間を暮らしの中に置きやすくなります
- スマホを置いてくる場所を決める:読む場所にスマホを持ち込むと、拾い読みの回路に引き戻されやすくなります。玄関やキッチン横に充電場所をつくり、読書の時間はそこに置いてくる習慣にすると、深い読みが続きやすくなります
- 手元を照らす明かりを用意する:天井の照明だけでは、本の上に自分の影が落ちたり、まぶしかったりします。読む場所には、手元を照らすスタンドやブラケットを置けるよう、コンセントや照明の位置を計画しておきます
本棚の計画では「何冊あるか」より「どこにあるか」を大切にしています。同じ80冊でも、子ども部屋の奥にあるのと、家族が毎日通る廊下にあるのとでは、手に取る回数がまったく違うからです。家の中の小さな読書の居場所については、「ヌック」をつくりたい人へでも書いています。
本棚をどこに置くか、小さな居場所をどうつくるかは、間取りの考え方で大きく変わります。同じ要望で複数社に間取りを出してもらうと、廊下や階段まわりの使い方の違いまで比べられます。
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家族で話してみたい5つのこと
- □ 最後に最後まで読み切った本は、何年前の何だったか
- □ 家の中で、家族の目に入る場所に本棚があるか
- □ スマホを持ち込まずに過ごせる、落ち着ける場所があるか
- □ 1日のどこかに、拾い読みをしない15分を置けそうか
- □ 読む場所の手元は、十分に明るいか
読書と家づくりのよくある質問(FAQ)
Q. 電子書籍でも、紙の本と同じ効果がありますか?
研究では、同じ文章でも画面より紙のほうが理解度がわずかに高い傾向が報告されています。ただ、差は大きくありません。大切なのは、通知の届かない環境で、一つの文章に長くとどまれるかどうかです。電子書籍なら、読書専用の端末を使う、通知を切るといった工夫が役立ちます。
Q. 子ども部屋に本棚を置けば十分ですか?
子ども部屋の本棚も大切ですが、家族全員の目に入る場所に本棚があると、大人が読む姿を見る機会も増えます。リビングや廊下に家族共有の本棚を置き、子ども部屋の本棚と組み合わせるのがおすすめです。
Q. 本棚を置くと、地震のときが心配です。
造り付けの本棚にする、壁や天井に固定する、重い本を下段に置く、といった対策が基本です。寝る場所の近くには背の高い本棚を置かないようにしましょう。新築なら、本棚を固定する壁の下地を最初から入れておくと安心です。
Q. 忙しくて本を読む時間がありません。
まとまった時間がなくても、1日15分ほど、拾い読みをしない時間を置くことから始められます。寝る前、朝食の後、通勤の電車など、毎日同じ時間と場所に決めると、習慣にしやすくなります。オーディオブックで聞くのも一つの方法です。
まとめ|拾い読みをしない時間を、家のどこかに
- 文字を読むための脳の場所は生まれつきなく、後からつくり替えたもの。使わなければ弱り、使えば年齢に関係なく取り戻せる
- 読む人と読まない人の差は、時間とともに開く。差は知識の量より、扱える考えの種類に表れる
- 本を読まない人も活字は毎日読んでいる。違うのは、拾い読みか、深い読みか
- 本を読む習慣は、長生きや記憶力の低下がゆるやかなことと結びついている(因果関係は研究途中)
- 家では、家族の目に入る本棚と、スマホを持ち込まない小さな読書の居場所をつくる
読書する人の脳と、しない人の脳の違いは、本を何冊持っているかではありません。拾い読みをしない時間を、1日のどこかに持っているかどうかです。家は、その時間を置く場所をつくることができます。
最後に最後まで読み切った本は、何でしたか。それが何年前でも構いません。その一冊を、家族の目に入る棚に置くところから始めてみてください。
本棚の位置や読書の居場所は、新築のときに考えておくと、無理なく暮らしに組み込めます。同じ要望で複数社に間取りと資金計画を出してもらい、家族が自然に本に手を伸ばせる家を比べながら選んでください。
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連載#04。スマホと空白の時間、暮らしの設計の話です。

家の中の小さな居場所、ヌックのつくり方です。

連載#05。新しい家で習慣をつくり直す話です。



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