はじめに
子どもが生まれてから、
ふとした瞬間に、こんなことを思うようになりました。
・部屋はいつも散らかっている
・ごはんは簡単なもので済ませがち
・自分の時間は、ほとんどない
・SNSを開けば、
「丁寧な暮らし」
「整った部屋」
「余裕のある親」ばかりが流れてくる。
そのたびに、
「自分はちゃんと暮らせていないのかも」
そんな気持ちが、胸の奥に残ることがあります。
でも今日は、その考えを
そっと置き直す話です
結論(先に伝えたいこと)
子育て中にいう「ちゃんと暮らす」とは、
整っていることではありません。
今日をなんとか回していること。
それ自体が、もう立派な“暮らし”です。
できていないように見える毎日の中に、
すでに十分すぎるほどの価値があります
「ちゃんと暮らす」の基準が高すぎる
いつの間にか、
こんな基準を持ってしまっていませんか?
・床に物がない
・食事は栄養バランス完璧
・家事も育児も笑顔でこなす
でも、子育て中の家は
“未完成で動き続けている空間”。
建築でいえば、
・使いながら直して
・暮らしながら変えていく状態です。
完璧に整える前に、
まず大切なのは
「安全であること」
「ちゃんと使えること」
それは、
× サボっているのではなく
○ 順番が違うだけなんです。
散らかっている=暮らせていない、ではない
床に転がるおもちゃ。
ソファに積まれた洗濯物。
それは
・失敗の証ではなく
生活がちゃんと動いている証拠。
・子どもが今日も泣いて、笑って、動いた
・親がそれに応えた
それだけで、
・家はちゃんと役目を果たしています。
静かすぎる家より、
少し音のある家のほうが、
今はきっと正解です
できなかったことより、回った一日を見る
夜になると、
「今日はこれができなかったな…」
そう思う日もあります。
でも、少し視点を変えてみると──
・子どもは今日も無事に一日を終えた
・ごはんは何かしら食べた
・夜まで一日をつないだ
・それだけで、
もう“暮らした”と言っていい一日です。
建築でも、
・きれいな設計図より
実際に人が暮らしていることが大事。
子育ても、同じです
「今はこういう季節」と思っていい
暮らしには、季節があります。
・整える季節
・余白を楽しむ季節
・ただ耐えて、つなぐ季節
子育て中は、
多くの人が
「つなぐ季節」を生きています。
ちゃんとできない自分を責めるより、
「今はそういう時期なんだ」と
認めてあげていい。
それだけで、
心が少し軽くなります
まとめ
子育て中に、
「ちゃんと暮らせていない」と感じたら、
思い出してほしいことがあります。
・暮らしは整っていなくていい
・回っていれば、それで十分
・今の家は、ちゃんと役目を果たしている
ちゃんと暮らそうと悩んでいる時点で、
もう十分、ちゃんと向き合っています。
今日も一日、
本当によくやっています




コメント