玄関、障子、床の間、年中行事。見慣れた住まいの中にある日本文化を、古典と研究を手がかりに読み直す連載です。伝統をただ礼賛するのではなく、「なぜそうなっているのか」と「それは今も正しいのか」を、一級建築士の目で考えます。
結論:客間は、もてなしの心だけから生まれたのではありません。家の格式を示す必要から生まれ、暮らしの変化とともに役目を終えつつある部屋です。
- 「座敷」はもともと座を敷く場所のこと。15世紀後半、部屋全体に畳を敷きつめた部屋を座敷と呼ぶようになった
- 16世紀末以降、床の間・違い棚・付書院を備えた接客用の座敷が生まれ、武家では表座敷と奥座敷を分けた
- 18世紀半ばには、庄屋層をまねて多くの民家が表側の部屋に床の間を設けた
- 大正期の生活改善運動で「使わない座敷が家の一等地を占める」ことが問題にされ、戦後は接客用の座敷をつくらないのが普通になった
実家の和室を思い出してみてください。南向きの、家でいちばん日当たりのいい部屋なのに、ふだんは誰も使わない。ふすまを開けるのは、正月に親戚が集まるときと、お盆と、法事のときくらい。
なぜ日本の家には、こんな「客のための部屋」があったのでしょうか。そして、なぜ今の家からは消えつつあるのでしょうか。
第3編「迎える・祀る・見送る」では、家の中で人を迎え、祈り、見送る場所を考えます。最初の回は、客間と座敷の歴史です。
「座敷」は、座を敷くことから始まった
建築史家の平井聖と鈴木充の解説によれば、古代の住まいの床は板張りで、人々は円座や畳を敷いて座っていました。このころの「座敷」は、座る道具や座る場所そのものを指す言葉でした。
14世紀ごろには、身分の高い人の座として板の床に畳を並べるようになり、15世紀後半には、部屋全体に畳を敷きつめ、その部屋を「座敷」と呼ぶようになります。今の私たちがイメージする座敷は、ここから始まりました。
接客の座敷と、「表」と「奥」
16世紀末以降、床の間や違い棚、付書院を備えた接客用の座敷が生まれます。第4話で見た座敷飾りは、客に見せるためのものでした。
武家の住まいでは、客を迎える空間を「表座敷」、家族の私的な空間を「奥座敷」と呼び分けました。第9話で見た「奥」の考え方は、ここにも表れています。客は表で迎え、家族は奥で暮らす。家の中は、迎える場所と暮らす場所に分けられていました。
民家の座敷|家でいちばん良い部屋
18世紀の半ばごろになると、庄屋層の数寄屋風の座敷をまねて、多くの民家が表側の部屋に床の間を設け、その部屋を座敷と呼ぶようになりました。
近代の和風住宅では、座敷は南向きの、家の中でいちばん良い場所に置かれました。主人の居間や寝室を兼ねることもありました。そして座敷は、客を迎えるだけでなく、家の行事の場所でもありました。かつての葬儀は家で行われ、お盆には座敷に精霊棚を設けて先祖を迎える家もありました(第11話・第13話)。
座敷は、なぜ消えていったのか
大正時代になると、この座敷のあり方が問題にされます。辞典の解説によれば、大正期の生活改善運動の中で、日常的に使わない座敷が家のいちばん良い場所を占めていることが問題視されました。1920年に生活改善同盟会が掲げた住宅改善の方針には、「家族本位」という言葉がありました(第8話)。
同じころ広まった中廊下型住宅では、玄関の脇に洋風の応接間を置き、客を家族の暮らしから切り離して迎える間取りが生まれます。そして第二次世界大戦後は、接客用の座敷をつくらないのが普通になりました。
葬儀は家から葬儀場へ移り、人を家に招いて大勢でもてなす機会も減っていきました。客間が消えていったのは、家の面積の問題だけでなく、家で人を迎える場面そのものが減ったからでもあります。
そのまま信じなくていい|客間の読み方
客間は「おもてなしの心」だけの部屋ではない
客間は、日本人のもてなしの心を表す部屋として語られることがあります。けれど歴史をたどると、座敷は格式を示し、身分の序列を見せる場所でもありました。庄屋層をまねて床の間を設けたのも、家の格を示したいという気持ちと無関係ではなかったはずです。
客間を持てたのは、すべての家ではない
第4話で見たように、江戸時代には庶民の家で床の間を作ることが禁じられていた時期もあります。「昔の家には客間があった」というのは、ある程度の規模と格式のある家の話だと考えた方が正確です。
建築士として読む|客間を「部屋」ではなく「迎える仕組み」で考える
今の家に、使わない客間を一等地につくる必要はないと私は考えています。大正期の人たちが問題にしたことは、今も変わらず正しいと思うからです。そのかわり、客間が果たしていた「迎える」役割を、仕組みとして残しておくことはできます。
生活感を見せずに通せる経路
客を、洗濯物や散らかった部屋の前を通さずに、座ってもらう場所まで案内できるか。表座敷と奥座敷を分けた考え方は、今の家では玄関からリビングまでの経路の問題として残っています。
ふだんは家族の部屋、ときどき客の部屋
和室やスタディスペースを、ふだんは家族が使い、来客の日や泊まり客があるときだけ客間にする。引き戸で仕切れるようにしておけば、法事や正月に人が集まる日には、リビングと続けて広く使うこともできます。
泊まり客の頻度で決める
来客は日帰りか、泊まりがあるか。年に何回か。客のための部屋を独立させるかどうかは、この頻度で決めるのが現実的です。判断の目安は客間は今も必要かで詳しく書いています。
打ち合わせで「和室は客間として必要ですか」と聞かれたら、私はまず「去年、何人の方が泊まりに来ましたか」と聞くようにしています。客間の必要性は、思い出やイメージではなく、実際の来客の数で考えると、後悔が少なくなります。
資料で確かめられること・言い切れないこと
- 古代の「座敷」は、座る道具や座る場所そのものを指した
- 15世紀後半、部屋全体に畳を敷きつめた部屋を座敷と呼ぶようになった
- 16世紀末以降、床の間・違い棚・付書院を備えた接客用の座敷が生まれ、武家では表座敷と奥座敷を分けた
- 18世紀半ばごろ、多くの民家が表側の部屋に床の間を設けた
- 大正期の生活改善運動で使わない座敷が問題視され、戦後は接客用の座敷をつくらないのが普通になった
- 客間が「もてなしの心」だけから生まれたということ
- 昔の日本の家には、どこにでも客間があったということ
- 客間をなくしたことで、人を迎える文化が失われたということ
暮らしの中で試してみたい3つのこと
- □ この1年で、家に来た人と泊まった人の数を数えてみる
- □ 玄関から、客に座ってもらう場所まで歩き、途中で何が見えるか確かめてみる
- □ 実家の客間や座敷が、1年のうち何日使われているかを聞いてみる
客間と座敷のよくある質問(FAQ)
Q. 座敷と客間は、何が違うのですか?
座敷は、もともと畳を敷いた部屋、特に床の間などを備えた格式のある部屋を指します。客間は客を迎える部屋という用途からの呼び名で、和風の住まいでは座敷が客間を兼ねることが多くありました。
Q. 昔の家には、なぜ使わない座敷があったのですか?
座敷は客を迎え、家の格式を示し、冠婚葬祭などの行事を行う場所でした。ふだん使わなくても、特別な日のために、家でいちばん良い場所に用意されていました。
Q. 座敷はいつごろから減ったのですか?
大正期の生活改善運動の中で、使わない座敷が良い場所を占めることが問題視されるようになり、第二次世界大戦後は接客用の座敷をつくらないのが普通になりました。
Q. 表座敷と奥座敷とは何ですか?
武家の住まいで、客を迎える公的な空間を表座敷、家族の私的な空間を奥座敷と呼び分けたものです。
Q. 今の家に客間は必要ですか?
来客の頻度、特に泊まり客があるかどうかで判断するのが現実的です。専用の客間をつくらなくても、ふだんは家族が使う和室や個室を、来客の日だけ客間にする方法もあります。
まとめ|客間は、迎える部屋から、迎える仕組みへ
- 座敷は「座を敷く」ことから始まり、15世紀後半に畳を敷きつめた部屋の名前になった
- 接客用の座敷は格式を示す場所でもあり、武家では表と奥を分けた
- 大正期に「使わない座敷」が問題にされ、戦後は接客用の座敷がつくられなくなった
- 今の家では、生活感を見せない経路と、ときどき客間になる部屋で「迎える」役割を残す
家の一等地を、年に数日のために空けておく。その習慣は消えつつありますが、人を迎える気持ちまで消えたわけではありません。あなたの家では、だれを、どこで迎えたいでしょうか。
参考文献
- 平井聖「座敷」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館、鈴木充「座敷」『世界大百科事典』平凡社。座敷の語義と歴史、表座敷と奥座敷、民家への広がり、大正期の生活改善運動と戦後の変化に用いました。コトバンクで読む
- 「中廊下型住宅」『家とインテリアの用語がわかる辞典』講談社。玄関脇の洋風応接間に用いました(第8話参照)。コトバンクで読む
- 柴崎直人・井之口章次「葬儀」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館。葬儀が家から葬儀場へ移ったことに用いました(第13話参照)。コトバンクで読む
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連載第11話。家の中のもう一つの特別な場所、仏壇と神棚の歴史をたどります。

連載第9話。表と奥、上座と下座。部屋の序列と「奥」の考え方です。

来客の頻度や泊まりの有無から、客間の要不要を判断する実用記事です。



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