家を建てる前、こんなことを考えたことはありますか。
「この家に、60歳になった自分が住んでいる姿を、想像したことがあるか」と。
30代で家を建てるとき、目の前には子どもがいて、仕事があって、ローンの計算があって、設備の選定がある。老後のことを設計に入れている余裕なんて、ない。それはごく自然なことだと思います。
でも建築士として150棟以上の住宅設計に携わってきて、ひとつだけ言えることがあります。
「老後は後で考える」は、家に関してだけは通用しない。
この記事では、なぜ30代の設計に「60代の視点」を織り込む必要があるのか。そしてどんな設計判断がそれを可能にするのかを、静かに整理してみます。
📐 結論|”将来の自分”を、間取りに住まわせておく
30代の設計に「老後の視点」を入れることは、老人になるための準備ではありません。
一生住める家をつくるための、設計の誠実さだと私は思っています。
家は「今」のために建てますが、住み続けるは「これから30年・40年の自分」です。その自分を完全に無視した設計は、どこかで必ずしわ寄せが来る。それが建築士として繰り返し見てきた現実です。
🏠「老後は後で考える」が、今の時代に危ない理由
かつて「老後になったらリフォームすればいい」という考え方は、それなりに有効でした。土地の値段が上がり続け、気が向けば売って建て替えることもできた時代の話です。
でも今は、違います。
坪単価が上がり、建材費が上がり、30代で家を建てること自体がひとつの決断になっています。「老後にもう一回建て直す」という選択肢は、現実的にはほとんどなくなっている。だから30代のこの設計が、人生で最初で最後の設計になる可能性が高い。
それを知っているから、建築士として「老後の設計を今しておいてください」と伝えています。
住宅設計の後悔の多くは、「今の自分」しか見ていなかったことから生まれます。30年後の自分を、少しだけ間取りに住まわせておく。それだけで、家の寿命は大きく変わります。
👴「60代の自分」は��んな暮らしをしているか
まず、静かに想像してみてください。
30代で建てた家に住んで、30年が経ちました。子どもは20代になり、家を出ているかもしれない。夫婦ふたりの暮らしに戻り、部屋が余っている。体力は少しずつ落ちて、階段が以前より気になる。膝が痛む朝もある。
そのとき、この家はどんな姿をしているでしょうか。
子どもの頃から使っていた2階の子ども部屋が、物置になっている。1階に寝室がなく、ベッドを持ってくるスペースもない。浴室の段差が気になり始め、廊下の幅が思ったより狭く感じる……。
これは想像の話ではなく、設計相談の現場でよく聞く話です。
「将来のことなんて、わからない」と思うかもしれません。でも、わからないなりに考えた設計と、まったく考えなかった設計では、住まいの余白の量が違います。
📐 建築士が考える「老後に効く」3つの設計ポイント
難しいことは言いません。大規模なバリアフリー設計の話でもありません。30代のいま、少し意識しておくだけでいい、3つのことを整理します。
① 寝室を、1階につくれる設計にしておく
これが一番大きい。
今は子どもがいるから2階に個室が必要かもしれません。でも子どもが出ていった後、夫婦だけになったとき、毎日階段を使う生活は体への負担が積み重なります。
1階に「将来寝室になり得る部屋」を確保しておく。和室でも、書斎でも、来客室でも構いません。6畳あれば十分です。その選択肢だけを残しておく、という設計の余白が、老後の住み心地を変えます。
② 廊下幅は「最低780mm」ではなく「900mm以上」で
廊下の有効幅780mm前後は、一般的な910mmモジュールでそのままつくったときの寸法です(戸建て住宅の廊下幅に、法律での決まりはありません)。でも将来、手すりをつけたとき・杖をついたとき・車椅子が必要になったとき、780mmでは動けなくなる。
900mm確保できれば、手すりをつけても通れます。1000mm以上あれば、車椅子でも動けます。この数十ミリの違いが、30年後の日常の質を大きく左右します。
「廊下を広くする余裕はない」という場合も、玄関ホール・洗面室前・トイレ前など、特定の要所だけ広げるという選択肢があります。
③ 「ひとりの時間」が取れる空間を設計しておく
これは老後の話だけではなく、今の話でもあります。
子育て期は、夫婦それぞれが「少しひとりになれる場所」を持てるかどうかが、家の中の空気に大きく影響します。書斎でも、寝室の隅の読書コーナーでも、ベランダのひとり椅子でもいい。
そして子どもが巣立った後、夫婦ふたりの暮らしになったとき、互いに「近くて、少し遠い」距離感が取れる設計が、関係の温度を保ちます。
ライフスタイルの教科書 #12「気を使わない距離感は設計できる」でも書きましたが、夫婦の空間設計はライフステージを超えて効いてくる、長期投資です。
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「老後まで住める家」を今の設計に織り込もうとすると、間取りの選択肢が一気に複数生まれます。どの選択が自分の家族に合っているかは、専門家と一度話すだけで、驚くぷど整理できます。
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「老後の設計を後回しにした家ほど、後で後悔する。でも、今の設計で少し意識するだけで変わります。
比較せずに決めるのが、一番危ない。」
― こばやん(一級建築士)
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✉️「60代の自分」に宛てた、静かな手紙
設計をしていると、ときどき不思議な感覚になります。
まだ会ったことのない「将来の家族」のために図面を引いている�(うな感覚。赤ちゃんが生まれる前から子ども部屋をつくる�(うに、まだ老いていない自分のために、老後の動線を考える。
それはある意味で、自分への手紙を書くことに似ています。
「30年後のきみへ。あのとき、廊下を少し広めにしておいたよ。1階に使えそうな部屋を残しておいたよ。そこで過ごす時間が、穏やかであるといいと思って」
そういう設計は、数字には現れません。図面の上では、何も変わらないように見えることもある。でもその家に住む人間の、30年後の空気を、静かに変えていきます。
住宅価格が上がり、一生に一度の家を建てることがより重くなった今の時代。だからこそ、設計に「将来の自分」を住まわせておくことの価値は、以前より増していると感じています。
「正しい間取り」なんてものはないと思っています。でも、「自分らしい暮らしが30年続く間取り」は、少しの視点の追加で、手が届く範囲にある。
✅ まとめ ― 30代で建てる家に、”老後の余白”を
✔ 住宅価格高騰の今、「建て替え」という選択肢はほぼ消えている
✔ 30代の設計が、人生最後の設計になる可能性が高い
✔ 1階に寝室になり得る部屋の”余地”を残す
✔ 廊下幅は900mm以上を目指す(要所だけでもいい)
✔ 夫婦それぞれが「少しひとりになれる場所」を設計に入れる
✔ 「老後の間取り」は制約ではなく、未来への設計の誠実さ
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- ライフスタイルの教科書 #08「老後は後で考える」― 老後設計を後回しにした家が、��うなるか
- ライフスタイルの教科書 #12「気を使わない距離感は、設計できる」― 夫婦の空間設計論
- ライフスタイルの教科書 #13「なんか居心地いい家の正体」― 余白の設計論
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この記事が、30年後の自分への小さな手紙になりますように。

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